ゲノムアダプテーションのシステム的理解 (篠原 彰)

研究領域名

ゲノムアダプテーションのシステム的理解

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

篠原 彰(大阪大学・蛋白質研究所・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 同じ生物種内ではほぼ均一のゲノムを有しているのにも関わらず、ある程度の変化を許容する現象、すなわち、同一種であることを確保しながら生物機能発現に多様的変化を与える現象は、生命の可塑性を象徴しており、これを  ゲノムアダプテーション  と定義する。
 本領域研究は1)染色体構造が形成・維持され、ゲノム変動(組換えや変異)により変化し、次世代へ継承されるメカニズム、2)外的、内的ストレスにより変化を受けた染色体構造が中長期的に伝播され、 維持されるメカニズムを明らかにする。 さらには、3) 細胞周期上で離散的に収集された観測データに基づく染色体動態の数理モデル化、種間比較という大きな時間軸での進化解析を行うことで、染色体動態およびゲノム構造変化の時間軸に沿った因果関係を明らかにし、染色体情報を統合的に理解するためのシステムの構築を図る。 上記研究項目の連係を図り、中でも次世代DNAシークエンサを使用した染色体の可塑性の網羅的解析を1つのコアとする。モデル生物として酵母を用いて、有糸分裂期と減数分裂期における染色体結合タンパク質の動態、修飾状態、転写産物の体系的解析を実施し、個々のタンパク質の染色体上の分布から、染色体動態の総合的、体系的な理解を目指す。また、はるかに巨大で、複雑な構造を持つハエ、マウス、ヒトなどの高等真核生物染色体を対象にした基盤技術(ChIP-seq等)を確立する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本研究領域では、染色体構造が形成・維持され、ゲノム変動が次世代へ継承されるメカニズムや、ストレスにより変化を受けた染色体構造が中長期的に伝播、維持されるメカニズムの解明や、 染色体情報の統合的な理解に関しての数多くの成果が得られている。
 中でも、2つの画期的なブレークスルー的成果が得られている。 1つは、熱や高浸透圧などの環境ストレスが転写因子を介して、固いヘテロクロマチン構造を壊し、そのエピジェネティック変化が次世代に遺伝することを明らかにした。 これはストレスの影響がDNA配列の変化なしに遺伝するゲノムの可塑性のメカニズムを初めて明らかにしたものである。もう1つは、 CdLS(コルネリアデランゲ症候群) の新たな原因遺伝子としてHdac8を同定した事が上げられる。タンパク脱アセチル化酵素が疾患原因遺伝子と して特定されたのは初めてのことであり、 CdLSの多様な分子病態、すなわちゲノムアダプテーションとヒトの病気との連係を世界に先駆けて記載することができた。 これらに加え、今後大きな進展が期待される成果が減数分裂期の染色体運動、組換えの分子機構、ネオセントロメアの形成、配偶子のゲノム変化、イネの栽培化におけるゲノム変動などの領域で得られている。
 研究者への情報の提供としてホームページでデータや解析方法などを公開し、数多くのアクセス数を獲得している。 また、国民との対話を促進する一環として小中高校への出前授業を22年から17件行い、良好なレスポンスを受けている。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本領域研究は、同じ生物種においてほぼ均一のゲノムを有しているにも関わらず、生物機能発現に多様性を与える染色体構造の形成・維持と次世代への継承機構、外的・内的ストレスにより変化を受けた際の染色体構造の中長期的な伝搬機構の解明及び染色体情報を統合的に理解することを目指すものである。タイムリーなテーマとして設定された研究領域で、着実に研究が進展していると評価できる。特に、ストレスの影響がエピジェネティックに遺伝する現象の発見、マウス精子のヒストンバリアントと共局在の成果、イネの栽培過程におけるゲノムアダプテーションの解析結果ならびにアデノウイルス遺伝子の組み換え体の検出の成果は、「ゲノムアダプテーション」という新しい概念を確実に開拓していると判断された。加えて、共同研究によって次世代シークエンサーによる各種分析を積極的に導入して新たな転換を図ろうという試みにおいても順調な進捗が見られる。
 一方で、情報処理や数理モデル化についての進捗が見られないこと、領域組織の大部分が分子生物学の研究者から構成されていることから、バイオインフォマティクスを担当する研究者との連携が必要である。今後、より長い時空間に沿った「ゲノムアダプテーション」の理解へと進み、新しい概念の提案を期待したい。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、研究代表者間の共同研究が積極的に行われ、その結果優れた研究成果があがりつつあり、計画通り研究が進展していると評価できる。「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、共同研究によって次世代シークエンサーによる各種分析を積極的に導入して新たな転換が試みられ、順調に進展している。

(2)研究成果

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」としては、個別研究では優れた成果が得られており、研究代表者間の共同研究も一部が実を結び始めている。今後はそれぞれの研究成果を統合することによる相乗的な効果、及び総括班のリーダーシップによる具体的な戦略策定のもとバイオインフォマティクスとの連携の強化を図り、ゲノムアダプテーションのシステム的理解に進展することを期待したい。「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、次世代シークエンサーの導入による共同研究が成果を上げつつある。ストレスの影響がエピジェネティックに遺伝する現象の発見、マウス精子のヒストンバリアントと共局在の成果、イネの栽培過程におけるゲノムアダプテーションの解析結果ならびにアデノウイルス遺伝子の組み換え体の検出の成果などは、新規な概念を打ち出すことのみが重要でなく、これまでの遺伝子変異と選択の概念で新たな知見のメカニズムが説明されるという点で大きな成果と言える。
 また、公開講座も多く行っており、アウトリーチ活動を積極的に行っている点は評価できる。

(3)研究組織

 採択時の所見を踏まえた組織を組んでいる。一方で、大部分が分子生物学の研究者で構成されているため、数理解析研究を公募研究により強化し、バイオインフォマティクスを担当する研究者との連携の効果を期待する。今後は進化や疾患に関係する公募班員をもっと導入してはどうか。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 個々の研究としては優れた成果を上げており、今後は研究代表者間の共同研究を一層推進して、新たな展開を導き出すことやより長い時空間に沿ったゲノムアダプテーションの理解へと進むことを期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --