メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤 (能瀬 聡直)

研究領域名

メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

能瀬 聡直(東京大学・大学院新領域創成科学研究科・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 分子と細胞からなる脳。その脳に、なぜ、高度な情報処理能力が宿るのだろうか。その鍵は、細胞が「回路」を構築し機能する過程で獲得される固有の特性にあるのではないか。本領域では、比較的少数のニューロン集団からなる「メゾスコピック神経回路(メゾ回路)」を、従来研究が困難であったミクロとマクロの中間層に切り込むことを可能にするモデル機能回路として捉え、その解析を通じて脳の情報処理基盤を探る。このため、分子遺伝・光生理・数理的手法などの先端技術を融合的に適用し、従来不可能であった包括的な脳回路研究を推進する。
 3つの研究項目(A01~A03)を設け、以下のような戦略のもと研究を推進している。項目A01 では「メゾ回路の基盤構造と動態」を、項目A02 では「メゾ回路の自己書き換え」の背景にある回路の性質を、実験的に探る。このため、メゾ回路の可視化、活動様式や機能的接続の解剖、摂動等の実験を進める。一方、項目A03 は、メゾ回路を解析するための計算手法を開発するとともに、実験班が得た大量かつ複雑なデータから意味のある情報を抽出し、さらにモデル化を行うことにより、「メゾ回路の計算原理」を解明・実証する。
 以上のような研究により、分子と細胞という物質基盤が複雑化を通じて情報処理機能を獲得するプロセスを探る。本アプローチは、純科学的に脳の謎に迫るのみならず、メゾ回路の計算原理に基づく人工知能の開発やメゾ回路を介した疾患の新しい理解にもつながるものである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 最先端のイメージング、光操作、電気生理学等の実験手法を用いた解析により、多彩な動物種、脳領域におけるメゾ回路の基盤構造と動態(研究項目A01)および自己書き換え(研究項目A02)の実験研究が順調に進んでいる。具体的には、丸1 様々な脳機能において、その基本単位であるメゾ回路の抽出に成功し(例:ショウジョウバエ運動感覚回路、大脳皮質内のメゾ回路等)、丸2 その動態、作動原理を明らかにしつつある。また、丸3 発達期再構成の素過程やその機能的意義や、丸4 成熟後のメゾ回路の様々な階層(領野、微小回路網、超微細構造など)での書き換え機構が明らかになった。技術面でも丸5 遺伝子改変動物、ウィルスベクター、オプトジェネティクス技術等の開発がなされた。一方、理論研究(研究項目A03)においても、丸1 様々な新規データ解析法(階層型ベイズ三次元再構成法、神経間の機能的結合を同定する統計手法、特徴空間の多峰性分布に着目した主成分分析等)を開発し、実験データからメゾ回路の構造と機能に関する情報を抽出するとともに、丸2 メゾ回路のモデル化についても研究が進展している。領域内の連携も順調であり、実験・理論間の8件を含め、40件を超える領域内共同研究が進行している。これまでに4回の領域会議を開催し、国際シンポジウムを5件企画した(今年開催予定の2件含む)。また、技術ワークショップを2件、実験理論融合研究に向けたスクールを3件開催する等、最先端技術の共有・普及、および班員間の相互理解の促進にも力を入れている。

審査部会における所見

 A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの進展が認められるが、一部に遅れが認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、脳機能の基本単位としてのメゾスコピック神経回路(メゾ回路)を想定し、多様な革新的技術によってその抽出同定と回路としての特性付けを行い、さらに数理計算的手法からメゾ回路のモデル化を通じて機能単位としての作動原理の解明を目指すものである。領域全体として数多くの論文が発表されており、その中で、領域内共同研究成果としても原著論文が13報公刊されている。研究項目間の共同研究についても進められているが、今後、領域代表者のリーダーシップのもと、総括班が中心となりA03の連携を積極的に進め、「メゾスコピック神経回路」のブレイクスルーとなるような研究成果を期待する。若手研究者の人材育成については、技術講習会やスクールの開催、計画研究や公募研究で若手研究者を多く登用するなど、積極的に取り組んでいると評価できる。
 また、実験的研究は、無脊椎動物と哺乳類の多岐にわたる神経機能や領域内回路が「メゾ回路」同定や再編解析の対象となっているため、枚挙的、拡散的に進められている感が否めない。そのため、研究領域の最終目標に向けて、研究方向性を明確にし、研究を推進していただきたい。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」、「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、実験的研究においては、光遺伝学やイメージング手法による共同研究、新規遺伝子組み換えマウスの共有等を通じた共同研究が行われている。理論的アプローチにおいては、独自のモデリングやデータ解析手法が開発されつつあり、一部においては領域内の実験グループによって得られたデータの解析が共同研究として実施されている。なお、イメージングや光操作等新規実験技術の導入や材料の供与を介した実験的研究(A01、A02)間の共同研究は活発的に行われているが、「メゾ回路による脳の情報処理基盤」解明を目指した実験と理論(A03)間の連携による共同研究は比較的少い印象がある。研究項目間の共同研究についても進められているが、今後A03項目の理論と実験の連携による共同研究をより積極的に推進し、新学術領域研究ならではのインパクトのある成果を期待する。

(2)研究成果

 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、「メゾ回路の時空間制御と作動機構の解明」、「樹状突起における局所同期したシナプス入力の証明」、「マウス個体におけるメゾ回路機能操作と行動制御」、「メゾ回路の基本配線デザインの情報論的理解」など、インパクトのある成果が出ている。また、実験と理論融合研究の成果としても「超解像による回路微細構造の可視化」、「Ca2+イメージングデータからの回路同定」、「多細胞スパイク列の高精度分離」といった成果も出てきており、これらの成果の一部は、関連領域への波及効果が期待できるものと評価できる。

(3)研究組織

 領域代表者のリーダーシップのもと、総括班が中心となり領域内交流、共同研究を推進している。また、優秀な若手研究者を積極的に登用しており、人材育成にも力を入れている。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 本研究領域の目標達成に向けた戦略と具体的なロードマップを作成し、領域代表者の強いリーダーシップのもと総括班が中心となり、今後、実験と理論研究のより有機的な連携による共同研究を積極的に推進していただきたい。
 また、本研究領域のテーマである「メゾスコピック神経回路」という概念は不明瞭なところがあるため、今後、研究領域内で、共通概念を持って領域運営を行うべきである。
 さらに、実験的研究は、無脊椎動物と哺乳類の多岐にわたる神経機能や領域内回路が「メゾ回路」同定や再編解析の対象となっており、枚挙的、拡散的に進められている感が否めないため、研究領域の最終目標に向けて研究方向性を明確にし、研究を推進する必要がある。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --