直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発 (茶谷 直人)

研究領域名

直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

茶谷 直人(大阪大学・大学院工学研究科・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 医薬、農薬、材料科学、高分子科学などの物質科学を支える基盤科学技術としての有機合成化学が社会に対して果たすべき役割の一つは、機能を持った有用な化合物を安定に供給すること、および新しい機能をもった新規化合物を創製することである。しかし、現在、有機合成化学者には、資源の有効利用、省エネルギー、アウトプットの対費用効果など様々な厳しい要求がつきつけられており、このような高度な社会的要請を満たすには、今日の有機合成化学のレベルでは力量が不足している。有機合成化学の進歩は、新しい合成反応の供給によって支えられている。したがって、既知反応の改良や組み合わせでない真に新しい高効率合成反応の開発が必要となっている。そのためには、これまで殆ど利用されてこなかった不活性な炭素-水素結合や炭素-炭素結合などを積極的に活用した直截的分子活性化法につながる新触媒反応の開発が必要不可欠である。そこで、本新学術領域研究では、有機合成化学だけでなく、有機金属化学、触媒化学、無機化学、生命科学、計算化学など広い分野の研究者と連携して、次に示す3つのキーワード『新しい結合活性化法の開拓、新しい反応活性種の創出、新しい反応場の構築』を掲げ、画期的な触媒反応の開発を積極的に推進している。これにより、今まで不可能あるいは困難とされてきた有機合成反応を開拓する分子活性化の方法論を確立し、物質変換手法を直截的なものに刷新する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本研究領域の具体的な目標は、飽和炭素-水素結合の直截的分子変換、炭化水素類の分子変換、二酸化炭素、一酸化炭素を活用した簡便な増炭反応、酸素分子の活性化や窒素の固定等である。現時点でも、すでに予定以上の成果を挙げている。特に、最大の目標である飽和炭素-水素結合の直截的分子変換については、二座配向基を精密に設計することで、あるいは二種類の金属による協働作用を利用することで活性化が困難な飽和炭素-水素結合の新しい結合活性化の方法論を創成し、カルボニル化反応、環化反応の開発に成功している。また、炭素-炭素結合、炭素-酸素結合、炭素-フッ素結合など不活性な結合の活性化に関する方法論も創成することができ、新しい形式の触媒反応を見出している。さらに、独自のピンサー型配位子を設計することで、新しい反応活性種を創出し、炭化水素の炭素-水素結合の直接官能基化や、アルコールやフェノールの酸素-水素結合などの活性化に有効であることも明らかにした。また、新たな触媒サイクルの構築によるベンゼン環炭素-水素結合の直接的カルボキシル化反応やアルケンの酸化反応、アミドの還元反応などの開発にも成功している。不斉配位子反応場、酵素反応場、高分子反応場、表面反応場など新しい反応場の構築により、光学活性イソキノリンなどの医薬品合成やC60誘導体などの機能性材料合成に優れた新しい触媒反応の開発にも成功している。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、これまでほとんど利用されなかった不活性な炭素?水素結合や炭素?炭素結合を活性化し、直裁的物質変換を可能にする新しい触媒反応の開発を目指すものである。ノーベル化学賞受賞者の顔ぶれを見ても明らかなように、有機合成化学・有機金属科学の分野で我が国は世界をリードしており、今後もこの優位性を持続させる必要がある。一方で、最近この分野では中国をはじめアジアの化学者が急速に実力をつけている。この中にあって本研究領域が担う役割は、純粋基礎研究の推進にとどまらず人材育成や応用研究を含むなど、重要性が増している。
 本研究領域は、目標設定が明確で領域代表者のリーダーシップがうまく発揮され、当初の予想より研究の進捗が早く、既に顕著な成果が上がっている。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、領域の形成によって、これまで困難であった炭素?水素結合及び二酸化炭素の活性化をはじめとする新しい反応が次々と生み出されている点が高く評価でき、応募時の研究目的を着実に達成しつつある。これらの新反応は、他領域の研究者にも理解しやすく、近い将来大きな波及効果をもたらすことは疑い得ない。以上により、本研究領域は順調に進展していると考えられる。

(2)研究成果

 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、多数の学術論文発表や学会発表が行われ、国際的にも認められる顕著な研究成果があがっている。また、新聞報道発表も比較的多く、社会への発信を行っている点も高く評価できる。アカデミアにおいて開発された反応が、医農薬、機能性材料、高分子を含む広範な領域に波及する例はこれまでにも数多く見られ、本研究領域の成果も時間とともに広く波及するものと考えられる。今後、チャレンジングな目標課題をより強く意識した目標設定が行われ、一層インパクトの高い研究成果が得られることを期待する。

(3)研究組織

 企業班友の導入など、実用化へ意識も高いと思われるが、企業との共同研究においては情報管理と連携のバランスに留意する必要がある。

(4)研究費の使用

 若手研究者の海外講演派遣・情報交換等を積極的に支援している点が評価できる。

(5)今後の研究領域の推進方策

 海外講演派遣・国際若手セミナー開催など、若手研究者への支援が充実しており、人材育成が着実に進んでおり、若手の班員、大学院生などの研究発表や情報交換を活性化する工夫は、引き続き継続・発展させることが望まれる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --