情報爆発時代に向けた新しいIT基盤技術の研究(喜連川 優)

研究領域名

情報爆発時代に向けた新しいIT基盤技術の研究

研究期間

平成17年度~平成22年度

領域代表者

喜連川 優(東京大学・生産技術研究所・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 ITの進化とともに、人類の創出する情報量はとりわけ21世紀に入り爆発的に増大している。この情報爆発とも言うべき現象は情報分野における最も特徴的な近年の現象の一つである。本特定領域では、人類が史上始めて遭遇する情報爆発に対し、そこから派生する多様な課題に対して、情報学研究者の総力を結集して取り組むことを目的とした。
 咀嚼限界を越える情報が日々提供される中で、情報過負荷な時代に必要となる情報操作技術に関する基礎研究は不可欠である。現行の検索エンジンは代表的なサイトを検索することは出来るようになったが、難しい検索や少数意見を求めることは苦手である。情報量が増えるに従い、真に必要とする情報の全体に対する割合は相対的に減少し、検索は一層手間のかかる作業となり、新しい検索技術の基礎研究は必須である。
 また、計算機が処理可能なデジタル情報がこれ程多く利用可能となることは、始めてであり、チャンスと捉え、情報爆発時代ならではの全く新しいITサービス、情報基礎技術の創出も目指すことにも挑戦した。
 情報爆発に立ち向かうべく四つの研究項目を設け、A01「情報爆発時代における情報管理・融合・活用基盤」では真に必要とする情報を取り出す次世代サーチ、A02「情報爆発時代における安全・安心ITシステム基盤」では爆発する情報の受け皿となるシステム基盤技術、A03「情報爆発時代におけるヒューマンコミュニケーション基盤」では人に優しい情報環境の構築技術、加えてこれらと直交する軸としてB01「情報爆発時代における知識社会形成ガバナンス」による社会面、制度面からの新しい社会情報システムの研究を推進した。

(2)研究成果の概要

 A01では爆発するウェブ上のテキスト数百億文を抽出し言語資源共創基盤を構築すると共に、当該基盤を活用することにより、構文・格・省略解析等の言語解析を高精度化し,600万規模の上位下位概念辞書を構築した。これら言語知識を活用し,意味の一致や文脈を考慮する従来に無い新しい検索エンジンTsubakiを開発した。又、ZDDなる独自の基本構造を用いた、大量情報に適用可能なデータマイニングアルゴリズムを創案した。A02では、17拠点、約2000CPU コアからなる我国では類例の無い大規模広域分散システムの共創基盤InTriggerを構築し、該基盤上でデータ集約的計算の為の数々の基盤ソフトウェア(GXP, Gfarm, GMount)を開発した。同時にTsubakiの為の言語資源処理においてその実力を発揮した。A03では、人間の興味や理解度を推測しつつ状況に応じてプロアクティブな促しや確認,推薦,質問応答を重ねる新しい手法を考案し,情報社会と人間を結ぶ「情報コンシェルジェ」を開発し、デジタルデバイド解消への道筋を明らかにした。B01では、電子政府の構築活動に大きく寄与した。加えて、ヘルスケアを実証の場として取り上げ膨大なセンサー情報を活用した次世代予防医療に関しシステム構築を行い、情報爆発を活用した新しいサービスの有効性を明らかにした。
 本特定研究では、研究経費の1/4を支援班に当て、領域全体で共用する共創研究基盤の構築を進め、研究の大幅な加速と連携強化に成功したことが高く評価された。この結果、多数の若手研究者の育成が達成されると共に、査読付き雑誌論文1,041報、査読付き国際会議論文1,710件を公表した他、ERATO、CRESTO等の新たな研究プロジェクトが多数生み出された。

審査部会における評価結果及び所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

(1)総合所見

 本研究領域では、爆発するウェブ上の膨大なテキストを抽出して言語資源共創基盤を構築して言語解析を高精度化し、新しい検索エンジンやデータマイニングアルゴリズムを創案したことが高く評価できる。さらに、データ集約的計算のための基盤ソフトウェアなどの開発も行った。情報社会と人間を結ぶ情報コンシェルジェや予防医療システムを構築して情報爆発を活用したサービスの有効性を解明するなど、成果には実用化レベルに近いものが多く、今後は産業界との連携が望まれる。その際には、技術分野の特性からスピード感が重要である。最終年度にMicrosoft ResearchとクラウドプラットフォームAzureに関する共同研究を実施したことも高く評価でき、国際連携を通した研究規模の拡大と当該分野における我が国のビジビリティ向上への今後のさらなる貢献が望まれる。本研究領域から多くの大型プロジェクトに発展しており、今後の発展も良好に進捗していると判断できる。開放型検索エンジン基盤TSUBAKI についても、実社会でのいち早い貢献に期待したい。若手研究者の育成に関しては、本研究領域に関わった多くの若手研究者が大学を中心にポストを得ている点が高く評価できる。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究領域の設定目的の達成度

 「研究の発展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待される研究領域」とした当該領域において、情報爆発を解決するために研究の切り口を4つにまとめ、具体的で実現可能な研究項目を設定している。大規模知識索引技術に基づくサーチエンジン、基盤ソフトウェア等の開発により、大規模情報検索技術、IT基盤システム構築技術に一層の発展が見られ、成果の一部が実用化や新規大型研究プロジェクトに繋がっていることは高く評価できる。
 また、「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」として、情報爆発に対する課題を学術的な視点から取り組み、新しい方法論、システム構築技術、分析手法などの開拓と爆発的情報から新たな価値創造を目指す研究の推進は、先導的な意義を有する。「情報爆発」という概念そのものが当該分野の研究動向を先取りしたものであり、本領域は国際的に見ても十分に先導的な課題設定であったと言える。情報システムの安全・安心性と人間親和性に焦点を当てて開発したIT基盤技術は、ITに依存する社会の基盤を支えるものであり、領域の目標を十分達成したことは高く評価できる。
 また、「社会的諸課題の解決に密接な関連を有しており、これらの解決を図るため、その研究成果に対する社会的要請の高い研究領域」として、インターネットの拡大とともに爆発的に増大する情報爆発に対する解決策を見出すことを目標としている。情報爆発は本領域発足前から兆候があったが、領域推進中により顕著になった現象である。情報爆発への対処は一般社会からの要請が極めて高く、我が国のIT分野の国際的ビジビリティ向上の観点からも重要な課題に真正面から取り組んで目標を達成したことは高く評価できる。

(b)研究成果

 「研究の発展段階の観点からみて成長期にあり、研究の一層の発展が期待される研究領域」とした当該領域において、国際的評価の高い「LCM over ZDDs」アルゴリズムや商用ウェブ検索エンジンで実際に活用されつつある次世代サーチ手法を開発した成果は高く評価できる。また、研究成果の公表状況から、領域全体として当該分野における我が国の水準向上と国際的なビジビリティ向上に大いに貢献したと判断できる。
 また、「その領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす等、学術研究における先導的又は基盤的意義を有する研究領域」として、次世代サーチ技術や大規模システム構築技術等、ITに依存する社会の基盤開発に資する成果を数多く上げたことは高く評価できる。本領域の特徴である支援班を中心とした開放型検索エンジン基盤TSUBAKIや共通研究基盤としての広域分散テストベッドInTriggerの構築・運用は、研究グループ間の連携体制の構築に寄与しており、情報分野における大型研究プロジェクトの1つの方向性を示した。
 また、「社会的諸課題の解決に密接な関連を有しており、これらの解決を図るため、その研究成果に対する社会的要請の高い研究領域」として、社会的要請の高い課題を設定しており、領域推進中から商用ウェブ検索エンジンで実際に利用される成果を創出するなど社会的要請に応える成果を上げている。また、研究成果を統合・具現化した「情報コンシェルジェ」「ジャーナリストロボット」の実機を用いたデモは社会の要請に応えるアウトリーチ活動として高く評価できる。

(c)研究組織

 支援班の設置も含めて組織構築に成功しており、若手研究者による新規大型プロジェクトの発足につながっている。

(d)研究費の使用

 参加者が非常に多い研究組織で効率的に予算を執行している点は高く評価できる。

(e)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 当該分野の国際的なビジビリティ向上に貢献する成果をいくつか上げている。また、様々なプロジェクトに発展しており、工学的応用への貢献が多大である。

(f)若手研究者育成への貢献度

 若手研究者による新規大型プロジェクトが発足しており、また、多くのPDが一線の研究者に育つなど、若手研究者育成の効果が著しい。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「特定領域研究」に係る研究成果等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --