背景放射で拓く宇宙創成の物理-インフレーションからダークエイジまで-(羽澄 昌史)

研究領域名

背景放射で拓く宇宙創成の物理-インフレーションからダークエイジまで-

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

羽澄 昌史(大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 宇宙はどのように始まったのだろう? どのような法則が宇宙を創り、進化させたのだろう?これらの問いは人類に課せられた最大の知的挑戦である。本領域は、わが国の宇宙・素粒子・天文・超伝導デバイス関連の実験および理論研究者が、かつてない規模の共同研究を立ち上げ、新学術領域を創成してこれらの問いに挑戦するものである。特にインフレーションからダークエイジまでの探究に最適とされるミリ波から赤外線にわたる宇宙背景放射に着目し、最新の観測手段と理論的手段を駆使して精査することにより、「ビッグバンの前」から最初の星が輝くまでの宇宙創成の真の姿を明らかにすることを目的とする。さらに観測結果を究極理論(超弦理論など)の予言と比較することにより、地上実験では到達できない超高エネルギーの物理を探ることが本領域の最終目標である。
 本領域により、宇宙の始まりについて世界をリードする観測結果が得られる。インフレーション理論の最も重要な予言は、原始重力波の生成である。原始重力波は、宇宙背景放射の偏光度分布に渦状のパターン(Bモード)を刻印する。本領域では、最新の偏光計アレイを標高5000メートルに設置し、世界最高感度の観測によりBモードの探索を行う。インフレーションのエネルギーポテンシャルが力の大統一スケールにある場合には、原始重力波が発見される可能性は高く、宇宙の起源の探究にとって画期的な成果となる。さらにその結果を究極理論の予言と比較して、地上実験では到底到達できない超高エネルギーの物理に突破口を開くことが期待される。 

(2)研究成果の概要

 研究は順調に進展している。本領域を構成する計画研究は5つあり、それぞれ、インフレーション検証、超高感度アレイデバイス開発、ダークエイジ探査、前景放射分離の研究、究極理論研究、を担当する。インフレーション検証については、宇宙背景放射偏光度に関する最新の観測結果を公表した(QUIET実験)。まだBモードの発見には至っていないが、観測データの一部のみ用いた結果にもかかわらず、現時点ですでに世界トップレベルの感度となっている。全データの解析結果発表の準備も順調に進んでいる。2011年度はさらに新しい望遠鏡POLARBEARでの観測を開始する予定であり、その準備も順調に進んでいる。更に研究開始時には予定していなかった望遠鏡の追加配備(POLARBEAR2)により、当初予定を超えた成功の可能性が出てきた。将来の宇宙背景放射観測のための超高感度アレイデバイスの開発も順調に進行し、感度NEP=10-17 W/√Hz、16chアレイ作製・読み出しを実現した。ダークエイジ探査については、あかり衛星やロケット実験による観測を実施し、世界で初めて可視・近赤外域での宇宙背景放射のスペクトル測定に成功し、かつ赤外波長全域での宇宙背景放射ゆらぎの測定に成功し、宇宙初期天体に関する新たな知見を得た。前景放射分離の研究ではモデルに頼らない新しい手法による検討結果を論文発表する一方、物理モデルに立脚して天文観測の理解を深化させつつ前景分離を更に改善する準備を進めた。究極理論研究ではインフレーション宇宙モデルにおけるゆらぎの生成と観測的特徴の研究および統一理論に基づく整合的インフレーション宇宙モデルの構築という課題を中心として、100編近くの論文を投稿した。

審査部会における評価結果及び所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

(1)総合所見

 本研究領域では、原始重力波を世界に先駆けて発見するという困難な研究課題に果敢に取り組んでおり、大半の研究項目で研究計画に基づき着実に研究・開発が進んでいる。特にQUIET-Iが予想通りの感度を達成し、系統誤差の少なさを実証したことは大きな進展である。また、CIBER実験、AKARI衛星データ解析など、新たな手法で得られたデータが着実に出ており、観測データの解析結果について記者発表がされたほか、学術誌への投稿が十分行われていると認められる。しかしながら、Bモード測定が米国主導の研究プロジェクトに依存していること、QUIET-IIへの課題や見通しが不明瞭であることは懸念材料であり、期間内に何をどこまで明らかにできるのか明確にされたい。また、領域としての「新しい」視点による研究成果が見えていない、との指摘があった。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究の進展状況

 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」とした当該領域において、大半の研究項目で計画通りに研究が進んでいると認められる。困難な研究課題に果敢に取り組んでいることは高く評価でき、素粒子、天文、宇宙物理研究者間での協力も概ね期待通りに進んでいる。QUIET-Iが予想通りの感度を実現し、系統誤差の少なさを実証したことは大きな進展と認められる。ただしQUIET-Iでは全データを用いても、予想されているBモード検出の可能性はない。QUIET-IIの開発の鍵となる1000チャネルへの道はまだ半ばであり、この方向の新たな手法の確立が急がれる。QUIET-IIに向けた課題と開発方針をクリアにし、期間中で成果をどう引き出すか、明確にしてほしい。また、最終目標に対してどの程度の進捗なのかわかりにくいという指摘もあった。

(b)研究成果

 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」とした当該領域において、CIBER実験、AKARI衛星データ解析など、新たな手法で得られたデータが着実に出ている。新しい検出器の開発でも、一歩一歩、問題を解決して前進していることは評価できる。新しい成果の発表については、観測データの解析結果について記者発表がされたほか、学術誌への投稿が十分行われていると認められる。しかしながら、いまだ、領域としての「新しい」視点による研究成果が見えていないとの指摘があった。

(c)研究組織

 特に問題点を指摘する意見はなかった。

(d)研究費の使用

 特に問題点を指摘する意見はなかった。

(e)今後の研究領域の推進方策

 研究進展の中で、各研究班相互の連携について報告されているが、一部の戦術的な、小規模の協力に限られている様に見受けられる。個別の研究や開発成果は優れているので、総括班の主導により連携を強化し、連携研究の成果を出すように期待する。発足時の所見で指摘されているように、本研究領域の主たる物理成果は、米国主導の実験であるQUIET、POLARBEARの成否に依存している。本研究領域の研究者が、これらの実験でどのような役割を果たしているのかが見えにくい。国際的なvisibilityをあげられるよう、さらなる努力に期待したい。本研究領域内ではBモード検出は難しいとのことだが、着実な進展を期待する。開発された技術の他分野への応用も重要なポイントであると思われるので考慮されたい。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」に係る研究経過等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --