量子サイバネティクス-量子制御の融合的研究と量子計算への展開(蔡 兆申)

研究領域名

量子サイバネティクス-量子制御の融合的研究と量子計算への展開

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

蔡 兆申(独立行政法人理化学研究所・巨視的量子コヒーレンス研究チーム・チームリーダ)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 量子サイバネティクスの研究では、「量子力学」と「情報科学」という20世紀社会の枠組みを作り変えた2つの大きな科学的成果を融合させ、21世紀のための新規な基礎科学技術の基盤づくりを狙う。1940年代に提案された当時、サイバネティクスは高度な制御を通して、広範囲な複雑システム(自動機械や生命現象さえ含め)を理解しようとする学問であった。量子サイバネティクスでは、この用語本来の「状態制御」に特に集中して研究を進め、高度で複雑な量子状態制御に関する研究を行う。
 量子サイバネティックスは、多様な物理系において、量子状態のコヒーレントな制御/保持/転送、そして検出の研究を統一的視野に立ち横断的な連携研究を行う。固体素子の超伝導や半導体デバイスや、微視的系の分子、原子/イオン、光をなどでのコヒーレント操作の研究を進める。それぞれの量子系利点を組み合わせたと混合量子システムの構築も考える。
 本領域では、微視的と巨視的量子系などが融合した混合量子系の研究を多分野の研究者の連携により進める。量子サイバネティックスは、情報処理に利用でき、古典計算機の原理的限界にはとらわれない画期的な性能を有する次世代の科学技術として期待されている。本研究領域では、量子計算を大きな目標の一つとし、同時に量子限界を超える各種量子ディテクターや量子光源、量子限界を超える時計同期化など、幅広い応用分野も視野に入れ研究する。

(2)研究成果の概要

 初期に設定した目標は既に部分的に達成されていて、領域全般の進展は順調に進んでいる。
 固体素子系では以下の成果が得られた。複数の量子ビットを集積できる超伝導量子ビット方式の提案;単一な人工原子(超電導量子ビット)と共振器の強結合した新規な量子光学分野の開拓;超伝導量子ビットと光子の混合量子系を確立し、またそれと機械振動子と結合した系の研究の推進;量子ドット系での2ビット化及び3ビット化の研究。
 原子・イオン・分子系の研究では:冷却原子スピン集団の量子非破壊測定の実現、およびその量子フィードバック制御による波束の収縮制御の実現。イオントラップでの高速断熱通過を用いた量子もつれ状態の発生、幾何学的位相制御による単一量子ビットの回転を実現。高いスピン自由度を持つ新規なフェルミ系を実現し、およびそれを駆使した新しい原子冷却法の開発。ボソンとフェルミオンからなる新規な2重モット絶縁体相の様々な量子相の生成。アルカリ原子とアルカリ土類系原子の混合量子系を世界で初めて実現し、その量子シミュレーションへの応用研究推進。また、超伝導アトムチップにより、超伝導と原子の混合量子系の研究の推進;分子スピン初期化に向けた研究;1次元周期スピン計算機の分子設計と合成。
 光系の研究では、線形光学量子計算(Knill式)の基本となる光量子回路の世界初の実現に成功、微小球共振器とテーパー光ファイバの極低温下での結合に可視域で初めて成功;基本的な多体量子もつれ状態の制御法の提案と実証、一般的な量子情報を雑音から保護する手法の提案;光を媒介として多様な物質系qubitを操作する汎用性の高い手法の研究の推進、という成果を得た。

審査部会における評価結果及び所見

A(研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

(1)総合所見

 本研究領域は、量子技術のトップクラスの研究者による挑戦的なものである。本研究領域の個々の計画研究グループの能力は非常に高く、各々が大きな成果をあげている。一方、本研究領域の「新学術領域」としての意義は、多様な物理系における高度な量子状態制御(量子サイバネティクス)の構築を目指した新たな学問領域の創成にある。そのためには、提案書が謳うように、各研究グループ間の融合研究がたいへん重要である。
 しかしながら現時点では、個々の研究グループの成果を積み上げにとどまっており、それらの融合・共同研究の動きがあまり見られない。一部、領域内での融合を行うための努力がなされているようにも見えるが、融合的成果にも繋がっていないように感じられるのは残念である。今後、本研究領域内あるいは外部の研究グループ間での融合的共同研究が立ち上がり、研究の一層の進展が図られることを期待したい。

(2)評価に当たっての着目点ごとの所見

(a)研究の進展状況

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すもの」とした当該領域においては、現時点では新興・融合領域の創成とまでは至らず、各研究グループが個々に研究を進展させているにとどまっている。
 また、「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」という観点からは、個々の計画研究グループの研究進展状況は概ね良好であるが、それらのグループ間の共同研究に関する進展は立ち後れているように見える。各計画研究間の、より有機的な連携を期待する。
 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」という点では、個々の計画研究グループでは種々の新たな視点・手法による研究が進展している。
 「当該領域の研究の進展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、巨視的量子状態と他の物理系(電磁波、機械振動)との結合、冷却原子を用いた量子シミュレーションの研究等は、今後の進展次第で他領域へ大きな波及効果をもたらすと期待できる。
 「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」については、各研究分野での世界トップクラスの研究者が研究を推進しているものの、我が国がやや立ち後れていると思われる分野の研究グループについての研究成果は、ようやく立ち上がった段階といえる。

(b)研究成果

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すもの」とした当該領域においては、個々の計画研究グループの研究成果の発信は活発である。今後は、各計画研究間のより有機的な連携を通じて、さらなる研究の進展と融合を目指し、新たな研究領域の創成を促していただきたい。
 また、「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」という観点からは、これまでのところ、異分野連携、新視点の共同研究による成果の発信が活発とはいえない。
 「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」という点では、十分な成果があがっているが、さらなる異分野の融合を期待したい。
 「当該領域の研究の進展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、巨視的量子状態と他の物理系との結合、冷却原子を用いた量子シミュレーションの研究等は、大きな成果を上げつつあり、他領域へ大きな波及効果をもたらすと期待できる。
 「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」については、我が国がやや立ち後れていると思われる分野の研究グループについての研究成果も立ち上がりつつある。研究の一層の進展が図られるよう配慮されることを期待する。

(c)研究組織

 「領域融合インターシップ」制度は有効である。領域融合に対する総括班の努力は、一部評価できる。

(d)研究費の使用

 特に問題点を指摘する意見はなかった。

(e)今後の研究領域の推進方策

 個々の計画研究グループでは種々の新たな視点・手法による研究が進展しているが、共同研究という形での進展はあまり見えていない。当領域研究では異分野の融合が不可欠であろう。異なるグループに属する研究者の共同研究を促進し、新たな共同研究の成果につながるような活動を期待したい。今後の研究の進展、各計画研究間の有機的な連携、新たな公募研究の拡大等により、新たな研究領域の創成を促していただきたい。
 「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」とする当該領域においては、我が国がやや立ち後れていると思われる分野の研究グループについて、領域代表やグループ間の連携により、研究の一層の進展が図られるよう配慮されることを期待する。
 異分野融合の例として、共通の原理を異なる系に適用するだけにとどまらず、個々のメンバーの持つ方法論を融合することにより、新しい方法論の開拓を目指していただきたい。また、若手チャプターに参加した人材がその後どのようなキャリアを経験しているか、追跡調査をお願いしたい。

(参考)

平成23年度科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」に係る研究経過等の報告書(※KAKEN科学研究費補助金データベースへリンク)

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年02月 --