脳の病態解明(貫名 信行)

研究領域名

脳の病態解明

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

貫名 信行(理化学研究所・脳科学総合研究センター・グループディレクター)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 (1)高齢化社会において増加するアルツハイマー病ADやパーキンソン病PDなど老化関連疾患(A01研究項目)、(2)ゲノム研究の進展に伴い遺伝子の同定にいたるも、これが疾患の治療や発症予防に至っていない神経難病(A02研究項目)、(3)高度先進社会においては増加するうつ病や外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患、さらに未だ病態のはっきりしていない統合失調症を含む精神疾患の病態理解に基づく治療と発症予防をめざし(A03研究項目)、特定領域研究「脳の病態解析」(以下「病態脳」)を設定した。加えて、(4)特定領域研究「脳機能の統合的研究」(以下「統合脳」)の一翼として脳研究の成果を疾患研究に結びつけるとともに、ヒトの疾患研究から生まれるヒト脳機能に対する一層の理解によって「脳機能の統合的理解」に貢献する。(5)脳の統合的理解を背景とした脳病態研究を遂行する次世代研究者と育成する。(6)脳病態研究における共同研究、リソースの共有などの研究基盤を形成する。等を目的とする。我が国の脳病態研究は、この数年国際的にも高水準の研究を行ってきており、とりわけAD,PD、ポリグルタミン病などの研究においては先導的研究を行ってきている。本領域設定により、その他の神経難病や、さらには精神疾患に研究を展開し、学際的共同研究を企画遂行する「統合脳」研究として活動することにより、疾患研究の一層の発展および次世代の研究環境形成と研究者育成を可能とする意義がある。

(2)研究成果の概要

 病態脳の研究期間において学問領域を新たに展開し得た業績としては前頭側頭葉認知症や筋萎縮性側索硬化症ALSの病態関連分子としてのTDP-43の同定である。本研究班はこれに貢献するとともにALS関連分子として同定されたFUS/TLSの機能解析において先駆的な研究を展開し、またALSにおけるRNA editing病態の解析といった世界的にもユニークな研究を展開した。また神経変性疾患におけるタンパク質分解系の役割としてオートファジーの研究を展開し、その治療応用などの方向性も示した。アルツハイマー病やパーキンソン病の病態の基礎研究を進展させるとともにさまざまなモデル動物も作製できた。精神疾患においてはゲノム異常と関連する研究において先端的な研究を行い、新たな精神発達遅滞遺伝子の同定や一部の統合失調症の家系解析から新たな病態仮説を提唱した。またゲノム工学を用いた自閉症マウスモデルの作製にも成功した。さらにこれらの疾患関連遺伝子の遺伝子導入やノックアウトにより作製されたモデルマウスの行動異常解析が系統的に行われるようになり、今後の研究展開の基盤ができた。これらの研究の成果の一部はすでにNature,Nat Cell Biol,Nat Biotech,Nat Struct Mol Biol,Cell等の一流国際誌やJ.Neurosci,Biol Psychiatryといった一流専門誌に多く発表され、これらを含む約1700編の英文論文が発表された。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域では、様々な脳疾患の新しい病態概念の確立を目指し、老化研究や神経疾患・精神疾患を統合的に研究し、成果をあげているものと評価できる。特にこれまで別々の歴史を持つ神経疾患研究と精神疾患研究が、同じ領域の中で共同研究を進めることにより、新しい研究の潮流やシーズを生みだした点は高く評価できる。こうした連携は、特に精神疾患研究における分子病態的なアプローチなどの新しい展開に繋がり評価できる。また、様々な研究活動を通じて、新しい病態概念の提唱にも貢献しているものと評価できる。更に、領域内での共同研究のみならず、網羅的行動テストバッテリーや高齢者ブレインバンクなどの支援活動にも積極的に取り組んでおり、有効に運営されていたことも評価できる。
 一方で、臨床面、特に予防や治療にも結び付くような成果や取り組みについては、研究成果の発表をはじめ、十分ではなかったとの意見もあった。個々の研究成果は素晴らしいものの、統合脳全体や関連領域への貢献が限定的であったとの指摘もあった。本研究領域によって基礎的な研究のシーズは得られているものの、国際的な激しい競争の中で、最終的にはその応用面でのクレジットを確立できなかったケースも認められた。国際的な競争力については、個々の研究者の努力のみならず、より一層、日本が国として一致団結して取り組まねばならない課題と考えられる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --