分子レベルからの脳機能構築機構の解明(三品 昌美)

研究領域名

分子レベルからの脳機能構築機構の解明

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

三品 昌美(東京大学・大学院医学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 我が国において脳神経系の情報伝達を担う受容体やチャネルの解明をはじめ分子レベルからの先駆的脳研究が達成されてきた成果を基盤に、本特定領域研究は、生命現象の根幹である遺伝子・分子に基盤をおき、神経細胞の誕生から脳高次機能に至る3つの研究項目を設定することにより、分子脳科学の諸分野の力を結集し、分子レベルから脳高次機能に至る統合脳科学を開拓することを目的とする。すなわち、研究項目A01では神経細胞の運命決定(分化、選択的細胞死など)や細胞動態(移動、突起伸長、形態形成、特異的シナプス形成など)の分子機構を、細胞自律的な過程と細胞外環境(細胞外マトリックスや標的細胞)に依存する過程の両面から明らかにする。研究項目A02においては、神経細胞の特異的機能発現に関わる分子を探索するとともに、機能分子の神経細胞における働きを明らかにすることにより、脳神経系が体の他の組織の細胞と異なる独自の働きを発揮する機構を分子レベルから解明することを目的とする。さらに、研究項目A03においては、脳神経系の機能分子が実際に個体レベルで果たす役割を、神経細胞機能、神経回路機能さらに行動発現機能のレベルで解析する。これらの研究は、神経細胞、神経回路、システムの階層を貫いて、分子レベルからの統合的脳研究を切り開くことが期待される。

(2)研究成果の概要

 本特定領域研究により、皮質ニューロンの発生、神経幹細胞から神経分化への制御、神経上皮の領域化、神経突起形成、突起伸長、樹状突起形態の形成、シナプス形成、神経回路形成を調節・制御する機構が分子レベルで解明された。すなわち、神経幹細胞の増殖と分化からシナプス形成に至る神経回路網形成の鍵となるステップの分子機構が、細胞自律的な過程と細胞外環境に依存する過程の両側面から明らかにされ、神経回路網形成の全体像を分子レベルから解明された。また、転写因子の周期的変動によるニューロン分化制御や軸索/樹状突起の運命決定に関わる分子ネットワークおよび温度走性や塩分摂取行動を制御する神経ネットワークが解明され、神経細胞の機能発現および神経細胞のネットワークにより脳神経機能が発揮される機構が明らかとなった。さらに、脳部位特異的遺伝子改変マウスを用いて、シナプス結合の制御機構、神経細胞の多様化と神経回路形成、神経細胞新生の記憶・学風への関与、概日時計と記憶形成機構の連関、情動記憶形成への線条体の関与など脳システムの分子制御が明らかにされた。また、「プロテオミックス手法の開発と普及」、「C57BL/6由来ES細胞を用いたコンディショナルノックアウトマウス作成支援」および「大規模データ解析による遺伝子改変マウスの行動テストバッテリーの標準化・効率化」を統合脳支援班の協力で実行に移し、分子レベルから個体レベルの脳研究への展開を促した。本特定領域研究「分子レベルからの脳機能構築機構の解明」により、分子脳科学から統合脳科学への発展が推進された。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域では、生命の基本原理である遺伝子及び分子理解に基づき、脳の構築から機能に至る広い領域の統合研究が、各班において活発に行なわれた。この分子脳科学という視点から高次脳機能を解明するという目的の達成に向けて、世界的にもインパクトのある優れた業績を多数あげることができ、特に神経幹細胞の重要性に関わる研究成果は特筆すべきものがある。また分子レベルの脳機能の解析に、ショウジョウバエ、線虫やマウスなど多種の動物種を用い、それぞれの特徴とデメリットを検討して研究を行なうなど、配慮深い工夫がなされている。ただし、ボトムアップのアイデアを重視する理念が実践され、多くの独創的な研究が展開された反面、全体的にやや総花的な研究内容となり、計画研究と公募研究の連携が十分でなかったという指摘があった。特に、分子解析がマウスモデルに偏った印象があったことから、これらの研究の発展として、今後は、霊長類を含めた脳機能に共通する基本概念の創出に向けて研究が展開されることを期待する。また、個々の分子の解明という点では際立った成果があがっているが、エピジェネティクな調節や多分子が関与するシステムとしての脳機能について、今後どのようにアプローチするかが課題となる。今後の本研究領域の研究を推進することによって、脳機能の基本原理の理解のみならず、各種脳疾患病態解明や治療に向けたトランスレーショナル・リサーチとしても大きな貢献が出来るものと期待する。
 なお、研究成果の一般向けの広報やフィードバックについては、新聞や各種メディアを通じた積極的な取り組みを行なっており、高く評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --