脳の高次機能システム(木村 實)

研究領域名

脳の高次機能システム

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

木村 實(玉川大学・脳科学研究所・所長)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 人間の思考、随意意志、情動、認知、言語などのいわゆる高次脳機能のしくみは極めて複雑、難解であるが、その作動原理は解明が期待される最も重要な研究課題である。高次機能を生み出す実験動物の脳内信号の検出とヒトの脳活動イメージングによって、高次脳機能の解明を目指す研究が飛躍的に発展している。本領域の第一の目的は、多様な脳の高次機能の中で、特に重要で緊急性が高く、活発な研究が推進されている研究分野である、1)情報認知のメカニズム、2)行動と運動の企画と制御、3)情動の生成と制御、4)大脳における高次情報処理、5)言語とコミュニケーションの脳内メカニズム、の研究を格段に発展させることである。第二の目的は、脳の機能分子、神経回路、脳の病態などの次元の異なる研究との学際的な研究を推進することによって、統合的な脳機能の理解を目指すことである。脳機能の統合的理解の波及効果は広汎に及ぶ。高齢化社会の到来に伴う痴呆と神経難病の急増は大きな社会問題であるが、脳の分子、細胞、神経回路からシステムとしての機能の理解は病因や治療法について科学的な根拠を提供することができる。他方、脳の高次機能理解の進展は、医学・生物学研究のみならず、情報処理工学、コンピュータサイエンスやロボット工学の発展には欠かせないものであり、教育学、心理学や哲学などの諸分野の研究に相乗効果を及ぼすことが期待される。

(2)研究成果の概要

 中核となる5つの研究項目において高い成果を得た。情報認知においては、物体の形、色、奥行きなどの特徴を抽出する神経回路メカニズムと分子的基盤を網膜、視床、大脳皮質視覚領・側頭葉の神経回路と機能モジュールにおいて明らかにする知見、物体のカテゴリー、注意や輝度による判断の大脳皮質側頭葉の情報処理原理について高水準の知見が得られた。行動と運動においては、運動の企画と制御、ゴール指向的行動とその障害における大脳皮質前頭葉と小脳の役割について、感覚情報処理から運動の企画に関わる脊髄、視床、大脳基底核、大脳皮質メカニズムの理解について顕著な成果が得られた。情動においては、大脳基底核、視床、大脳皮質、脳幹における報酬価値、動機づけの表現、行動選択への関与の様式、情動に関わる神経ペプチドの作用の理解が格段に進歩した。大脳による高次情報処理においては、思考、推論、意志決定の神経機構、認知表象の脳内再構成の神経機構などの過程、複雑問題解決プロセス、直感的思考、帰納的推論、意思決定や行動選択、ルール表象の成立、認知表象の脳内再構成の理解に繋がる顕著な成果が得られた。言語では、人間の大脳皮質における「文法中枢」の存在の証明、「文法・文章理解・単語・音韻」を言語野の機能分化に対応させた大脳皮質における新しい「言語地図」を提案するなどの成果が得られた。これらの高い成果は、Nature,Scienceをはじめとするトップジャーナルに報告され、この分野の研究に強いインパクトを与えると共に、神経難病の病因や治療法について科学的な根拠を提供した。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、認知機能や情動など、システムとしての脳の機能を対象とし、各班において精力的に研究が行われたものと高く評価できる。領域の目的に掲げた5つの柱である研究課題については、各々適切な設定がなされていた。5年間の積極的な取り組みの結果、クオリティの高い業績をあげることに成功し、当初の目的をほぼ達成することが出来たと評価できる。例えば、大脳基底核における価値表現や行動選択についての研究成果は、当該分野でのブレークスルーとなる大きな成果である。更に、実験系とモデル計算理論の融合的研究に若手研究者が多大な貢献をしたことは、特筆すべき成果である。また、研究組織運営面として、これまでの中間評価結果に基づいて、計画研究班員の入れ替えや計画研究班員の研究費減額及びその再配分を行なったことは、優れたガバナンスが発揮されたものとして高く評価できる。
 一方で、異分野領域の研究連携や融合の面では、上記の実験系システム神経科学と計算論的神経科学の例のように、今回の特定領域研究によって大きく連携が前進した領域もあるが、こうした成果を更に他の領域にも拡大していく努力が必要である。また、高次脳機能研究を更に発展させるためには、認知神経科学と人文科学や社会科学分野との密接な連携が必要である。本研究領域によってその最初のステップが踏み出されたことは評価できるが、一層の効果的な研究成果をあげるための方策や新たな評価基準が必要であり、これらは今後の検討課題といえる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --