ゲノム情報にもとづく医学、微生物学の新展開(辻 省次)

研究領域名

ゲノム情報にもとづく医学、微生物学の新展開

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

辻 省次(東京大学・大学院医学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 本領域では,ゲノム解析技術の飛躍的な発展を受けて,ゲノム解析に基づき疾患の発症機構を明らかにし,疾患のシステム的理解と医療への応用を目指す研究(C01ゲノム情報を基盤とした疾患遺伝子の探索・検証と医療への応用,C02臨床データとゲノム情報の統合を基礎とした疾患のシステム的理解と医療への応用),有用微生物,病原性微生物に焦点を定め,有用性,病原性の機構をゲノム解析に基づき明らかにする研究(C03ゲノム情報に基づく微生物の有効活用,C04ゲノム解析による微生物病原性の解明),さらに,これらの研究と社会との設定において生じる様々な問題に対しての研究(C05ゲノム研究と社会との接点に関する研究と活動)を推進した。
 ゲノム医学の分野においては,一遺伝子疾患だけでなく,多因子疾患の病因,疾患の病態機序の解明,さらに治療法や予防法の確立へと発展させることに意義がある。微生物のゲノム解析については,感染症の克服と微生物の積極的利用を目標とした病原微生物と有用微生物のゲノム研究を集中的に展開する点に意義がある。ゲノム研究の飛躍的な進展,特に本研究領域で推進しようとするヒトの健康増進を目指したゲノム医学とゲノム微生物学研究は,一般社会に対する影響が極めて大きく,様々な面で社会との直接的な接点を有していることから,ゲノム研究の社会に対する影響を幅広い観点から研究し,科学知識の普及と受容,生命と倫理などの問題に対して適切に対応できる体制を作ることに意義がある。

(2)研究成果の概要

 ゲノム医学領域(C01,C02)では,単一遺伝子疾患(劣性遺伝性の脳血管疾患(CARASIL),Costello症候群,cardio-facio-cutaneous(CFC)症候群など)の病因遺伝子を解明した。孤発性疾患については,糖尿病,脳動脈瘤,AITD,全身性エリテマトーデス,関節リウマチなどを始めとする疾患で,疾患感受性遺伝子の同定を達成することができた。さらに,孤発性疾患(パーキンソン病)において,疾患に対するeffect sizeの大きい,rare variantsが関与することを見出したことは,今後のゲノム医学研究の新しい方向性を開くものとして評価できる。病原性微生物領域では,O157などの腸管出血性大腸菌(EHEC)を中心とした各種腸管病原菌と腸管内常在細菌叢のゲノム研究に基づき,各菌の病原因子の網羅的同定とその機能や発現調節機構の解明、新規抗菌薬標的の発見がなされた。O26・O111・O103EHECなど多数の大腸菌株の全ゲノム解読の成功,さらには,迅速O157菌株識別法の開発と商品化,という一連の成果が得られ,その研究成果を社会へと還元する段階にまで発展したことは特筆に値する。有用微生物に関しても,麹菌全ゲノム配列決定,有用遺伝子の発現に係わる遺伝子の同定,放線菌における種々の有用二次代謝産物合成系の解析の成果など,有用性に係わるゲノム因子の解明に基づき,今後,幅広い応用研究への発展が期待される。ゲノム研究と社会との接点については,ゲノム科学に対する一般市民の意識調査,ゲノム研究の啓発を目指した,「ゲノムひろば」の開催,「ヒトゲノムマップ」の制作,ゲノム研究を支援するコーディネーター制度の構築などで成果をあげた。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、ゲノム情報に基づいた各種疾病の発症機構の解明と医療応用への展開、ゲノム情報に基づいた微生物病原性の解明と臨床への貢献、微生物を利用した医薬・工業などの産業創生、ゲノム医学研究の社会への公開・普及啓蒙を柱として展開されてきた。疾患関連遺伝子の探索においては、順調に多数の疾患における原因或いは関連遺伝子が同定された。また、多因子疾患においても大規模ゲノム関連解析の問題点を指摘し、新たなストラテジーに基づいた疾患感受性遺伝子探索方法へと展開し、その実績をあげた点も高く評価される。微生物分野では世界に先駆けた腸管出血性大腸菌のゲノム解読から医療用診断システムの開発に至り、大きな社会貢献を成し遂げた。社会との接点領域においてはゲノムひろばなど、科学コミュニケーションに取り組み、また臨床研究・病原微生物研究のあり方、進め方について、わが国の指針の作成にオピニオンリーダーとして関与してきた点は評価できる。個々の研究成果のレベルは高く、十分な成果が得られ、次世代を担う若手研究者の育成にも成果をあげたと評価できる。研究内容の積極的公表・普及についても十分に行っていると評価できる。このようにゲノム解析技術を医療に役立てる多くの研究が連携した点で本研究領域設定は有意義であることから、更に本分野の研究が新たな視点で展開されることを期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --