がんにおける細胞・組織システムの破綻(高井 義美)

研究領域名

がんにおける細胞・組織システムの破綻

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

高井 義美(神戸大学・大学院医学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 近年、がんという疾病が患者を死に至らしめる過程について、遺伝子レベルだけでなく、細胞レベルでも詳細に解析され、がんの細胞学的特性が明らかにされてきた。遺伝子レベルでの異常によりがん化した細胞は、細胞周期の異常、脱分化、細胞死からの脱却等さまざまな異常性質を獲得する。その後、より悪性度を増すステップとして、細胞間接着が破綻すると同時に運動能が増し、高い浸潤・転移能を有するようになる。これまでのがん研究により、これらの各ステップが遺伝子レベル・タンパク質レベルで詳細に検討され、また、がん細胞の性質を解析することによって、逆に、正常細胞の多くの基本的原理が明らかにされてきた。一方、現代の分子細胞生物学はヒト等の全ゲノム解析の成果によって大きく様変わりしつつあり、DNAチップなどをはじめとする新技術が次々とがん研究へ応用されている。本研究領域は、このような変革期にあたり、これまで積み重ねられてきたがん細胞の特性に関する膨大な研究成果を最大限に利用して、がんの発生・悪性化という現象を、単なる個々のステップの記載ではなく、細胞と組織という統合的システムの破綻として捉えることを目的とするものである。本目的を達成することにより、細胞レベルではなく、個体レベルにおけるがんの制御が可能となり、先進諸国における主要死因の一つであるがんの治療・制圧に向けた新展開となり得ることから、医学・生物学的のみならず、社会的にも大きな意義を持つ研究である。

(2)研究成果の概要

 個体レベルでのがん征圧を目指して、がんの発生・悪性化の分子機構およびがんの浸潤・転移機構を新たな観点から詳細に解析した。さらに、その解析で得られた成果を踏まえたがんの抑制制御を実験室レベルから実際の臨床応用へと発展すべく様々な検討を行い、一部では、新規抗がん薬の開発へとつながった。がんの発生・悪性化の分子機構については、がん細胞において異常になる増殖・分化・極性・死の機序を中心に解析し、これらの機序を根本的に制御するメカニズムを明らかにすると共に、これらの機序に関わる新たな分子も見出され、世界をリードする研究成果となった。また、がん細胞の浸潤・転移については、これらを促進する主要因となる細胞間および細胞-基質間接着能の低下や細胞運動の亢進を決定づける分子機構を明らかにした。さらに、浸潤したがん細胞が周囲の間質組織と相互作用して増悪する分子機構や、腫瘍に栄養をもたらす血管新生を制御する機構についても新規の知見が得られ、当該研究分野の進展に大きく貢献した。これらの成果は、新たながんのバイオマーカーの開発や、がん創薬における標的候補分子の同定にもつながった。実際、乳がんなどに対する新規抗がん薬の治験も開始している。以上のように本領域研究は極めて順調に進展し、がんを細胞と組織という統合的システムの破綻として捉える立場からの研究が十分に展開され、期待した成果をおさめることができた。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、がん細胞及びがん組織の生物学的特性を統合的に明らかにすることにより、がんの予防、診断、治療に貢献することを目指したものである。具体的には、細胞生物学的観点から、がん細胞の増殖・死・細胞接着の制御に関わる分子機構、また、より組織学的な観点から、浸潤・転移及び宿主組織間との相互作用の実態の解明を目的としていた。領域全体としては、研究期間内に、発がんの分子機構及びがんの浸潤・転移機構の解明に伴い、実験室レベルから実際の臨床応用へと発展すべく種々の検討が行われ、一部では新規抗がん薬の開発に繋げるなど、当該分野において優れた成果をあげている。学術的には、がん組織における血管新生やがん細胞の接着に関与する新規のタンパク質等、がん進展に重要な新たな分子も発見され、既に数多くの質の高い論文が発表されている。本研究で得られた成果が、今後の研究で更に発展し、細胞と組織の統合的システムの破綻の観点から、がんの進展分子的機序の解明が一層進むこと、また、新たながんバイオマーカーや分子標的薬の開発に繋がることを期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --