細胞の運命と挙動を支配する細胞外環境のダイナミズム(長澤 丘司)

研究領域名

細胞の運命と挙動を支配する細胞外環境のダイナミズム

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

長澤 丘司(京都大学・再生医科学研究所・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 高等動物は、その形成や維持において、その構成単位である細胞の運命と挙動が、三次元構造を有する複雑な臓器の細胞外環境の中で適切に制御されており、その制御の異常が疾患を引き起こす。この細胞外環境とは、細胞を取り囲む細胞外の空間と隣接する細胞表層のことを指し、細胞が分泌する細胞外マトリックスと呼ばれる蛋白質群や、そこに配置される多様なシグナル分子などで満たされている。しかし、細胞外環境と表現される抽象的概念の本態の理解は現在も十分ではない。その理由の一つは、これまで細胞外環境の構成要素として解明が進んできたシグナル分子、マトリックス分子、タンパク修飾分子が、別々に研究されてきたためであると考えた。多様なシグナル分子やマトリックス分子は細胞外環境で修飾され、時間、空間的制御を受け、協調的に細胞に作用するため、これらの分子は密接に関連している。そこで、本特定領域研究では、細胞の運命と挙動の制御に注目し、シグナル分子、マトリックス分子、修飾分子を統合的に研究し、理解することで、細胞外環境がどのように時間空間的に形成され、標的細胞に作用するのかを明らかすることを目標とした。
 この研究は、臓器環境における生命現象の理解の最も基本的な部分を担うものであり、生体における機能を探求するという新しい生命科学研究の流れに、先導的、基盤的役割を果たす。また、21世紀の最も重要な医療分野のひとつである再生医療への応用が可能で、疾患の理解にもつながるため、臨床医学の発展にも重要な情報を提供すると考えられる。

(2)研究成果の概要

 細胞の運命と挙動の時間空間的制御機能を担う特別な細胞外環境はニッチ(niche)と呼ばれるが、哺乳類でその実体は不明であった。哺乳類の骨髄において、シグナル分子CXCL12が造血幹細胞の維持に必須であり、CXCL12を高発現するCAR細胞が幹細胞と免疫担当細胞産生のニッチの実体であることが示され,ニッチ細胞の突起によるシグナル供与という新しい概念が提唱された。更に精子幹細胞の血管近傍ニッチ領域が同定された。また、ニッチ細胞など産生細胞によるシグナル分子Wntの分泌が脂質修飾で促進される機構、シグナル分子Dll1とその受容体NotchのL-Fringeによる糖鎖修飾による時間空間的活性調節が体発生過程での分節形成において示された。一方、脳の神経細胞層の形成に必須のマトリックス分子リーリンの立体構造が決定され、亜鉛という新しい細胞外環境修飾分子が提唱された他、細胞のマトリックス分子との接着に重要な接着分子・5・1インテグリンの立体構造解析と活性化機序が明らかになった。更に、ニッチを構成する基底膜の構成分子frem1やプロテオグリカンPerlecanの成体での機能が示され、細胞外蛋白分解酵素ADAMが産生細胞と異なる場所で作用する新規の分子機構が提唱され、標的シグナル分子の候補が同定された。このように、ニッチの実体の解明と新しい作用機構の提唱、ニッチからのシグナル分子の分泌の制御機構と細胞外での修飾機構、時間空間的シグナル受容機構やニッチを構成する基底膜マトリックス分子の機能の解明など、本研究領域の根幹をなす重要な問題において世界レベルの独創的な成果により新しい概念が創成され、その理解が大きく進んだ。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、細胞の運命と挙動を支配する細胞外環境を、シグナル分子、マトリックス分子及びタンパク修飾分子に焦点をあて、それぞれの分野の最先端の研究を統合的に推進し、細胞外環境の分子実態を明らかにするとともに、この分野の新しい概念の提唱を目指すことを目的として進められた。個々の研究は十分に進展し、多くの研究成果が得られた。特に基底膜マトリックス分子の機能解明やニッチからのシグナル分子分泌の制御機構、ニッチ細胞の証明など新しい局面を切り開くことで、研究領域としての具体的な役割を果たし、当該学問分野の進展に大きく貢献したと評価できる。研究内容・成果の積極的公表や普及、若手研究者の育成も十分に行っており、活発な共同研究も評価できる。医学分野への応用などを含めた今後の更なる発展が期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --