染色体サイクルの制御ネットワーク(正井 久雄)

研究領域名

染色体サイクルの制御ネットワーク

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

正井 久雄(財団法人東京都医学研究機構・東京臨床医学総合研究所・参事研究員)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 細胞の増殖や分化の過程の大部分は染色体機能により制御される。又、染色体の動態の変動は、種々の疾患あるいは、生物種の進化とも密接に関連する。従って、染色体の忠実な複製と安定な維持、あるいは、組換えや転移による変動の分子機構を理解することは、細胞の増殖、分化の基本機構を理解するためのみでなく、疾患の原因や、個体や種の多様性獲得の分子基盤を理解する上でも必須である。このような染色体の動態は、細胞周期の進行と密接に関連する。細胞周期はDNA複製と細胞分裂を周期的に繰り返すが、その進行は種々のチェックポイントシステムにより秩序正しい進行が保証される。近年の研究成果から、これらの細胞周期進行を支える染色体ダイナミクス(染色体サイクル:複製−凝縮−分配—脱凝縮[体細胞]及び複製−組換え−分配[生殖細胞])は、相互に密接に関連しつつ進行、制御されていることが明らかとなってきた。そこで、本特定領域研究では、染色体上で起こる種々の反応の連係・共役による染色体サイクルの制御システムの全体像を明らかにすることを目的として発足した。
 細胞周期の進行における染色体変動の制御機構の全体像の解明は、染色体の世代を超えた安定な維持、生殖細胞形成時の多様性獲得、発生分化の過程における染色体機能発現などの理解に必須である。ゲノム配列の解明とそれにコードされるタンパク質の大部分が明らかになった現在、ゲノムのこれらの機能的ネットワークを解明することがまさに求められているという点でも大変タイムリーかつ意義の深い特定領域研究であるといえる。

(2)研究成果の概要

 研究項目A01-A03において複製、複製フォーク動態と組換え、分配の3つの事象にわけてそれぞれについて集中的な研究を行った結果、A01では複製開始におけるCdkの標的とそのリン酸化の意義、分裂酵母ゲノム上の、複製開始複合体の形成領域と実際の開始領域のゲノムワイドの分布、ヘテロクロマチン領域の複製制御機構、大腸菌での再複製開始の制御機構および複製開始(二本鎖開裂)の詳細な分子機構の解明などの成果がもたらされた。A02では、複製と組換え、接着、転写などの連係によるrDNAリピートの増幅の制御機構、複製フォークDNA鎖伸長装置の中心因子であるクランプ、クランプローダーとの多様な分子相互作用の実態、DNA損傷トレランス機構の低容量紫外線損傷応答における役割の解明、A03では大腸菌における染色体分配のメカニズム、分裂酵母においてShugosinを中心とした染色体接着の詳細なメカニズムが解明された。さらに、A04では種々の染色体ダイナミクスの連係のメカニズムの研究から、1)異なる染色体のダイナミクスがひとつのイベントにおいて協調的にはたらく例(rDNAリピートの増幅、染色体の運動と組換えの連係)、2)細胞周期のイベントとして、それが起こることが知られている時期に先立ってその準備がすでに開始している例(DNA複製と染色体接着)、3)同一のタンパク質が異なる細胞周期のイベントを制御する例(Cdc7キナーゼなど)、4)クロマチン制御を介した連係的制御(ヘテロクロマチンと複製開始、クロマチン再編成と二本鎖DNA切断)、など染色体ダイナミクスの連係的制御機構の一般像の一部が明らかとなった。

審査部会における評価結果及び所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

 本研究領域は、細胞の増殖・分化過程の大部分を制御する染色体機能を理解するために、染色体上で起こる種々の反応の連係・共役による染色体サイクルの制御システムの全体像の解明を目指したものである。領域全体として、研究期間内に、複製、組換え、分配、減数分裂など染色体の基本的動態の制御機構を明らかにし、既に数多くの質の高い論文が発表され、教科書を書き換えるような新しい知見も少なくない。具体的には、研究者間の緻密な連携によって、複製開始におけるCdkの標的とそのリン酸化の意義、ヘテロクロマチン領域の複製制御機構、染色体動態におけるrDNAリピートの増幅の制御機構などを解明するなど、当該分野における優れた成果をあげている。また、病態生理の解明や創薬に展開するなど、他の生物学領域への波及効果も非常に大きい。国際シンポジウムの開催などを通じた研究成果の公開・普及にも積極的であり、その点での評価もできる。
 今後も、個別研究にとどまらず、本研究領域を通じて提唱された「染色体サイクル」という概念をより一層意識しつつ、生物学的な問題に対して、共同研究等が推進されることを期待する。たとえば、染色体研究と幹細胞研究の共同研究など、新しい学問領域が生まれる可能性もあるものと期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --