植物の養分吸収と循環系・膜輸送を担う分子の同定と制御(西澤 直子)

研究領域名

植物の養分吸収と循環系・膜輸送を担う分子の同定と制御

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

西澤 直子(東京大学・大学院農学生命科学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 植物が環境中から無機元素を取り込み、光のエネルギーを利用して有機物に変換することにより、ヒトの生存は支えられている。植物は、動物とは異なる独自の膜輸送系を発達させて、土壌に存在する極めて低濃度の無機栄養素を吸収し、植物体内を循環させている。この過程は植物の成長、分化、環境応答、作物生産ばかりではなく、地球環境における物質循環にも重要な役割を担っている。本特定領域研究では、発足当時急速に分子レベルでの研究が進展し始めていた「植物の養分吸収と循環に関与する輸送体」の同定と解析、それらの環境条件による制御機構を研究の対象とし、植物が進化の過程で獲得した独自の物質輸送機構の解析とその応用について、世界をリードする研究の推進をめざした。
 67億人に達した世界人口は、今なお急速に増加しつづけている。現在ですら世界人口を支えるだけの穀物の生産は十分ではない。さらに地球温暖化の進行が耳目を集め、バイオエタノールの増産に伴う「食糧から燃料への転換」も穀物需給の逼迫を加速させている。「人類生存の基盤を強固にするために植物の生産性をさらに向上させること」がますます要請されており、それを達成するためには不良土壌環境における植物生産性の向上が必須となっている。本研究領域の成果は、植物生産性の向上に大きく貢献し、食糧の増産ばかりでなく、二酸化炭素の減少による地球温暖化防止や砂漠化の防止など環境問題への貢献、バイオマスエネルギー増産などによるエネルギー問題の解決にも貢献すると期待される。

(2)研究成果の概要

 本領域研究の発足から終了(平成22年3月)までの5年間に、領域の構成員は、植物に吸収されて利用される各種元素の輸送機構やその制御、および成長阻害をもたらす重金属元素の排除機構を明らかにし、また、膜輸送に伴う植物の恒常性維持機構や、成長や分化にかかわる新たな現象も見いだした。これらの知見は、植物における物質生産や有用品種の分子育種につながる基礎的な知見として、一流の国際学術雑誌・専門誌に発表された。
 具体的には、ケイ素の輸送に関わる吸収型と排出型双方の膜輸送体の単離同定、必須元素モリブデン輸送体の新規遺伝子の発見がなされた。また、必須元素の鉄やホウ素、有害元素のヒ素やアルミニウムの、膜輸送や体内分配に関わる遺伝子群が明らかにされ、それぞれが機能分化した生理的な役割が詳細に解明された。これらの遺伝子を活用したイネなどの耐性作物が作出され、酸性・アルカリ土壌、有害元素が多量に含まれた土壌等、不毛の環境において生育を持続できる耐性の獲得が、分子育種により可能であることを圃場レベルでも実証した。さらに、昼夜の環境変化や乾燥・塩ストレスや病虫害に抵抗するために膜輸送体を制御する機構、新規転写因子の発見による遺伝子発現調節や転写因子に関わる新たな知見の蓄積により、植物の生命維持を支える膜輸送系の理解が格段に深まった。これらは、基礎科学として植物の膜輸送系の理解を深めることにとどまらず、応用面においても不良土壌環境における植物生産性向上に寄与する有用作物の分子育種の足がかりとなる重要な成果が得られたことを示している。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、植物の生活環のあらゆる場面で必須な役割を担うイオン輸送系について、トランスポーター遺伝子の同定、機能解析、発現制御、トランスポータータンパク質の生合成調節の研究を行い、植物の最も重要な性質である独立栄養性を担う分子機構を明らかにすることを目的としたものである。ホウ素、ケイ素、モリブデンなど植物の生育に必要な元素に対するいくつかの新規な輸送体の同定や、鉄イオン輸送体の発現制御カスケードの全容の解明など、特筆すべき成果が得られている。それらの成果は著名な国際誌に発表されており、本領域設定時の目的は十分達成できていると評価できる。また、得られた成果を応用した形質転換植物が不良土壌での生産性を著しく回復できることを実際に示したことは、極めて大きな波及効果をもたらすと言える。また、動物のトランスポーター研究グループと積極的に交流するなど、当該分野への貢献も高く評価できる。
 一方で、本領域研究において数多くの新規トランスポーターが同定されたが、これらの間に見い出される基本原理に関する考察があっても良かったのではないかといった意見があった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --