情報統計力学の深化と展開(樺島 祥介)

研究領域名

情報統計力学の深化と展開

研究期間

平成18年度~平成21年度

領域代表者

樺島 祥介(東京工業大学・大学院総合理工学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 コンピュータの飛躍的性能向上やアルゴリズム研究の進展が近年相次いだことにより,従来実現が難しいと考えられてきた大自由度確率を利用した情報処理が不可能ではなくなってきた.情報通信におけるLDPC符号の再発見や決定問題・最適化問題におけるランダム探索手法の躍進,遺伝子データの統計解析,量子確率を利用した計算や最適化法の提案など,確率に基づく方法が従来技術を凌駕する例が各分野で次々と現れている.この事実が示すように,大規模な確率を如何にうまく手なずけ・使いこなすか,という問題は,現在,情報科学における最重要課題の一つとなっている.本特定領域研究の目的は,自然科学で培われた「More is different(量は質を変える)」という多体問題に関する基本概念に立脚しながらこの課題に取り組み,得られた成果を情報科学における多体理論として体系化していくことである.具体的には「情報学でも“More is different”!」という共通のスローガンの下,近年顕著な成果が得られている情報通信の基礎理論を深化させ.それらの成果を推進力としながら量子情報,生命情報両分野への展開をはかる.領域設定の目的として,以下の5項目を掲げる.
 (1)情報通信に関する多くの事例に対して,統計力学的観点からの研究を進める(情報通信).
 (2)量子確率の制御法・利用法に関する多体理論を築く(量子情報).
 (3)対象のモデル化まで踏み込んだ生命情報解析法を開拓する(生命情報).
 (4)確率計算のための新規なアルゴリズムを開発し,その数理的性質を吟味する(情報統計力学).研究成果を国内外に発信し,定着させる(国際的情報発信).

(2)研究成果の概要

 上記5項目の目的に対応させて成果の概要を記す.
 (1)CDMA通信やセンサーネットワークなどに関する問題設定の複雑な事例に関して統計力学的観点からの研究を進めた.加えて,圧縮センシングに関する新規な接近法やイジング逆問題に対する新規な学習アルゴリズムが領域内共同研究から生まれるなど当初予期しなかった成果も生まれた.
 (2)量子トーラス符号の詳細な性能解析法の開発,量子アニーリングに関する網羅的研究,量子ユニバーサルプロトコルの理論整備などを通じて,統計力学的観点から,量子確率の制御法・利用法に関する多体理論の骨格を示した.
 (3)低解像度の生命データを複数統合して精度を向上させる情報抽出法や統計力学由来の計算法に基づいた遺伝的多形に関する効率的な統計解析法の開発,また,サンショウウオの視覚系を具体例とした生体情報処理に関する情報量を用いた定量的な効率解析などを通じて,対象のモデル化まで踏み込んだ生命情報解析法の雛形を与えた.
 (4)稀なイベントの生成を効率的に行うモンテカルロ法やレプリカ対称性の破れを考慮した平均場近似法など新たな近似アルゴリズムが開発された.また,通信路モデルに関する精密な性能解析法が与えられ,統計的学習において重要な役割を果たす“自由エネルギー”の漸近挙動が代数幾何の方法を用いて明らかにされた.
 計4回の国際研究集会の開催とプロシーディングスの出版,および,多数の研究会・講習会の開催/学術論文・解説記事の執筆を通じて(1)〜(4)の研究成果を国内外に発信した.

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域では、情報科学の諸問題に対して統計力学の手法を用いた新たな方法論を提案し、基礎理論を深化し展開させるという当初の研究領域の設定目的を概ね達成している。研究成果についても、当該分野の代表的論文誌において多数の学術論文が発表され、質、量ともに十分な研究業績が得られている。力量のある研究者集団により、統計力学の分野で活力ある新領域が形成されつつあり、若手の育成も推進されている。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --