実在系の分子理論(榊 茂好)

研究領域名

実在系の分子理論

研究期間

平成18年度~平成21年度

領域代表者

榊 茂好(京都大学・大学院工学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 化学は様々な分子や物質を創出し、それらの性質を解明して、人類の生活に応用し、豊かな生活を可能としてきた。現代の化学では、より多様で豊かな物質の創生を目指して、周期表全ての元素の利用による複合電子を持つ分子、ナノスケールサイズの分子や超分子、それらの分子集団まで研究対象を広げて来た。理論化学・計算化学は、「微視的視点からの本質の解明」、「統一的な見方や法則性の発見」、「基礎概念と基礎的法則からの理解」のために不可欠であり、化学の発展に大きく貢献してきた。しかし、現代の化学の状況を考えると、従来の理論化学・計算化学では対応が不十分で、「実際に研究対象となっている実在の分子や分子集団のための分子理論の確立」が必要不可欠である。本研究では「実在系の分子理論」を確立し、現代の化学の諸問題の解決に適用することを目的とした。具体的には、分子基礎理論の深化、大規模分子に対する高精度電子状態計算法の開発、反応ダイナミックスの大規模化・広域化、分子動力学法の高精度化の達成を目的とした。さらに、分子理論により、現代の化学が重要な研究課題としている複合電子系分子の構造、物性、結合性、化学反応過程の微視的理解、分子集団の柔軟な振る舞いの理論的解明などを達成した。本研究により、分子理論が現代化学の研究対象である複雑な化学事象に対して、電子レベルでの本質の解明を可能とする段階に到達し、さらに、実験化学で解決を迫られている諸問題への理論的アプローチを可能としたことは、意義高く、波及効果も大きい。

(2)研究成果の概要

 本研究では、理論的方法の深化と開発、実在の化学事象の電子レベルでの解明、双方において、大きな成果を上げた。実在系の振る舞いを記述する新しい理論開発においては、ボルン・オッペンハイマー近似の厳密な検討とその適用範囲を明らかにし、電子動力学法の開発,分割統治法や新しい考えによる高速化MP2法などの大規模計算法の開発、実在分子における電子的効果を再現するモデルポテンシャル法の開発、相対論効果の考慮、量子効果や長時間化学事象の追跡を可能とする分子動力学法の開発などを達成した。これらにより、実在の化学事象の解明に適用可能な高精度分子理論の確立に成功した。現実の化学事象の解明については、遷移金属元素や高周期典型元素を含む複合電子系の特徴ある構造や結合性、物性、反応過程を解明し、理論先導的予測にも成功した。例えば、現在の有機合成反応で重要な位置を占めるクロスカップリング反応の鍵過程の支配因子を解明し、その過程を促進させる基本的方針を理論的に予測した。また、金属内包フラーレンや遷移金属と高周期典型元素を含む複合電子系分子の正しい構造と電子状態を理論的に解明し、予測も行い、その理論的予測の正しさを実験的にも確認した。化学反応の動的な理解も進め、励起状態の関係した反応や生体内で重要なプロトン移動反応の微視的解明に成功した。さらに、水素分子クラスレートの構造と安定性、ナノ制約空間における新規な水の相の発見、蛋白質のフォールデイング機構や生体分子の分子モーター的振る舞いの解明など、多数の興味ある化学事象の解明に成功した。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、実際の分子系に適用しうる分子理論を確立し、更に、理論化学者と実験化学者が緊密な連携体制を取りながら化学現象を解明し予測することを目指したものである。従来の理論ではモデル計算・近似計算を用いたような複雑で大きな分子系の物性や化学反応の計算に対して、計算の大規模化・高精度化を推し進め、多岐にわたる分野で理論化学研究を展開した。その結果、他の分野への波及効果が期待されるような計算手法の開拓を成し遂げ、多くの研究成果をあげたことは高く評価する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --