イオン液体の科学(西川 恵子)

研究領域名

イオン液体の科学

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

西川 恵子(千葉大学・大学院自然科学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 これまでにも物質科学におけるパラダイム転換と位置づけられる物質群の出現が幾度かあった。新たな物質観が誕生し、大きな展開が後を追い、一つの研究分野に成長し、産業界で活躍していく。イオン液体の出現が、まさに媒体分野でのパラダイムの転換の一つと位置づけられる。イオン液体は環境調和型溶媒として注目されているのにとどまらず、構造・物性・機能を自由に調整できる可能性を有する。また、通常の分子性液体では考えられないような特異な物性を示す。
 本特定領域研究の目的は、イオン液体を対象とし、この不可思議な液体の本質を理解し、溶媒あるいは電解質として利用するための基礎を固めると共に、この分野の研究を活性化させ、社会に還元できるような科学の基礎を形成することである。すなわち、新世代液体と目されるイオン液体に対して液体としての地位と役割を確立することである。
 本特定領域研究は、イオン液体が持ちうる多彩な表情の背景にある分子論的メカニズム、ミクロ・メゾ及びマクロスケールの広範な空間的視点、フェムト秒から秒のタイムスケールのダイナミクス等を駆使して、イオン液体の持つ特異性を明らかにし、様々な分野で望まれる媒体の機能をデザインするとともに、これまで予想もされなかったような新規な物質群の創製を目的としている。これらは、水や有機溶媒とは全く異なる「第3の液体科学」の創成と、ユニークな性質を最大限に利用することに依る環境調和型媒体として、学術や環境調和型技術の展開に大きな意義をもたらす。

(2)研究成果の概要

 イオン液体の本質解明の第一の成果は、構成イオンのflexibilityおよび立体配座の多様性がユニークな性質(特に熱物性、相転移挙動、緩和現象)を生んでいることを明らかにしたことである。第二の成果は、イオン液体の階層的ドメイン構造の存在を様々な現象と手法で明らかにし、ドメイン領域の大きさを見積もり、それらが生むユニークな現象を解明してきたことである。今は「イオン液体とは何か?」について多くの回答を得たと言える。
 反応においては、電荷液体を生かした電解合成などの新規反応場構築や、両親媒性を生かした反応場・分離場の効率的な設計などに多くの成果をあげた。酵素などの生体関連反応がイオン液体中で進行することが見出され、イオン液体と生体物質反応の相性の良さが示され、そのいくつかは実用化された。また、電池や電析など、電気化学場としての利用では、イオン液体ならではの成果を上げた。
 イオン液体のデザインにおいても、世界初の成果が生み出されている。ナイロンを原料まで分解するイオン液体の合成が一例である。また、バイオマスをセルロースとして溶かすイオン液体の合成にも成功している。糖まで分解するプロセスが工業規模で実用化されれば(実験室レベルでは成功)、エネルギー問題・環境問題の解決に一つの道を開くことになる。
 真空科学・技術との関連においても、成果を上げている。イオン液体の利用により(生体試料も含む)絶縁体試料の走査型電子顕微鏡観測を可能にした。また、真空蒸着を用いた金属ナノ粒子の新規合成法も発見された。「イオン液体+ナノ粒子」系も、新たな基盤科学はもとより環境調和型科学分野としての展開が期待される。
 領域で実施されたイオン液体研究は、世界をリードする大きな成果をあげてきた。

審査部会における評価結果及び所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

 本研究領域は、イオン液体の基礎科学的理解に重点を置きながら、物理化学・有機化学・材料化学の研究者が連携して新しい化学の分野を開拓することに成功しており、その波及効果は他分野にまで及んでいる。高純度試料の評価・共通化や共同研究などによって領域内の連携を促し、多くのインパクトのある成果をあげている点も高く評価する。国内及び国際研究集会の開催、研究成果の公開、情報発信、啓蒙活動なども積極的に行われており、その点も申し分ない。また応用面では、イオン液体の新奇な機能の発現に成功するなど、今後の更なる展開が期待できる成果を得ている。
 以上のことから、本研究領域は設定目的に照らして、期待以上の成果があったと判断する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --