ストレンジネスで探るクォーク多体系(永江 知文)

研究領域名

ストレンジネスで探るクォーク多体系

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

永江 知文(京都大学・大学院理学研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 20世紀の物理学は、原子→原子核→ハドロン→クォークという物質の階層構造を明らかにし、非常に短距離(高エネルギー)においてクォーク間の相互作用としての量子色力学(QCD)が確立された。これとは逆に、宇宙のビッグバン以来、温度が冷えるに従ってクォークが集まりハドロンや原子核を形成するという現象は、QCDの低エネルギー(長距離)事象であり、そこでは相互作用が強く、理論的な解析を困難としてきた。しかし、クォークを単体で取り出すことができないという意味でクォークの物理は本質的に多体系の物理であり、クォーク多体系の物理の解明こそが、自然界にハドロンや原子核という階層がどうして形作られるに至ったかを理解する道である。本研究領域は、これらの問題を解明すべく、通常の原子核(陽子・中性子)にはない第3のクォーク、ストレンジネス(S)を武器にして挑戦する。そのために本研究領域では、我が国に於いて稼働が開始されようとしている大強度陽子加速器施設J-PARCを中心として、高エネルギー光子ビーム実験施設SPring-8、及び、海外の関連実験施設において、実験に必要となる磁気スペクトロメーター検出器系、ガンマ線検出器系、大立体角粒子検出器系などの世界最先端の実験装置を整備する。そうして、ストレンジネスを武器として新しい視点からクォーク多体系であるハドロン及び原子核の構造とダイナミクスを探求し、クォーク多体系の物理学という新しい研究分野の確立を目指すものである。

(2)研究成果の概要

 本領域研究では、2つの実験研究を主体とした研究項目、(A01)ストレンジバリオン多体系の分光と(A02)ストレンジクォーク多体系の分光、及び、この2つの研究項目を包括的に理論面から研究を行う(B01)クォーク・ハドロン多体系の理論的研究を中心に研究を推進してきた。A01では、これまでに未発見のグザイ・ハイパー核の探索を目的とした新しい磁気スペクトロメーター系を建設し高エネルギー分解能を確認した。また、ガンマ線分光のための半導体検出器系も新たな開発に成功した。理論班B01との連携も深まり、グザイ・ハイパー核のアイソスピン依存性や二重ラムダ・ハイパー核との結合などの研究が進展し、実験研究の進め方について指針を与えている。A02では、K中間子原子・原子核の研究とペンタ・クォーク粒子の研究を進めてきた。K中間子原子については4He標的を用いた高精度測定に成功し、3He標的の測定準備が進んでいる。K中間子原子核としてのK-pp束縛状態の実験的証拠の積み上げにも成功し、更なる確認実験の準備も進んでいる。ペンタ・クォーク粒子に関する約8倍に統計があがった解析結果を発表した。更に高統計のデータの取得にも成功し、データ解析が進んでいる。J-PARCにおけるペンタ・クォーク生成実験もデータ取得が始まろうとしているところである。これらの研究成果は、平成21年9月に日本で開催した第10回ハイパー核とストレンジ粒子物理に関する国際会議において、世界の第一線研究者から大きな注目を浴びた。

審査部会における評価結果及び所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

 本研究領域は、ストレンジネスを武器として新しい視点からクォーク多体系であるハドロン及び原子核の構造とダイナミクスを探求することで、クォーク多体系の物理学という新しい研究分野の確立を目指したものである。ストレンジネスという量子数の導入を鍵として量子多体系の物理を開拓したことは、当該関連分野へ非常に大きなインパクトを与えるものである。ペンタクォークが存在することの実験的確証を得たこと、K中間子原子核の研究の発展、格子量子色力学の複雑な系への適用可能性を示したことなどは、非常に大きな成果と認められる。理論と実験の連携も良く、領域発足の目的は十分に達成された。若手育成にも大きな努力が払われ、将来につながる人材育成が行われた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --