火山噴火罹災地の文化・自然環境復元(青柳 正規)

研究領域名

火山噴火罹災地の文化・自然環境復元

研究期間

平成16年度~平成21年度

領域代表者

青柳 正規(独立行政法人国立美術館国立西洋美術館・館長)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 当領域研究は、火山噴火罹災地の噴火前と噴火後の文化環境・自然環境を復元し比較することを研究目的とする。本研究は、文化環境と自然環境の両者を研究対象とするため、考古学、歴史学、文献学などの文系研究分野だけでなく火山学、地理学、環境学など理系研究分野も参画する文理融合型の研究である。
 火山噴火による罹災地のモデル研究として、1南イタリアのヴェスヴィオ山噴火によって埋没したソンマ・ヴェスヴィアーナの「アウグストゥスの別荘」と通称されている遺跡、2鹿児島県開聞岳噴火によって被災した指宿市域の遺跡、3群馬県榛名山・浅間山噴火によって被災した群馬県から長野県にかけての地域を、噴火に関わる文献資料、画像資料なども交えて研究を深め、それぞれの比較研究をもとに各罹災地の個別の特性と共通の要素を解明する。
 火山活動の一つである火山噴火は、その周辺地域にさまざまな影響をもたらす。噴火によって放出される溶岩、火山礫、火山灰などや火砕流、火山泥流、土石流などによって周辺の地形を大きく変えることもある。また、火山噴火の結果形成される堆積層は、それまでの表土を覆ってしまうだけでなく地表に建立されていた構築物等を埋没させてしまうことがある。したがって、火山噴火罹災地では、一般に、ある時代の文化環境や自然環境が噴火堆積物によってサンドイッチ状に密封されたきわめて良好な保存状態にあるといえる。こうした特殊な状態は文化環境および自然環境に関する各種情報が濃密に集積されている「空間」の保持を意味し、人文・社会・自然科学の研究方法、研究手法を活用して過去の文化・自然環境を復元する際のきわめて恵まれた条件を有している対象である。

(2)研究成果の概要

 イタリアのソンマ・ヴェスヴィアーナ市に所在するローマ時代遺跡の調査では当該遺跡が、紀元2世紀前半に創建された大規模な建物跡であり、その後、472年のヴェスヴィオ山噴火に伴う低温火砕流および土石流によって短時間のうちに大半が埋没したことが明らかになった。そして出土遺物から、創建から埋没に至るおよそ350年間の、当遺跡を舞台とした文化活動の変遷と動態を復元した。自然環境の復元ではソンマ・ヴェスヴィアーナの遺跡出土の炭化木材にクリが多く用いられていた。木材の年代測定の結果、ローマ皇帝の領域であるヴェスヴィオ山周辺において栽培がAD1世紀に行われはじめたことが明らかとなった。
 鹿児島県指宿市敷領遺跡の調査では、874年の開聞岳噴火により埋没した水田や畠が検出され、9世紀後半のこの地域の土地利用の在り方を考察する手がかりを得た。また、調査に伴い地下の3次元構造を推定することを可能とする物理探査法「表面電位法」の探査システムを開発した。この探査システムと地中レーダ探査を用いて鹿児島県指宿市敷領遺跡で、大規模水田遺構や畑作地区、874年の開聞岳噴火で埋もれた住居跡を発見した。
 浅間山の研究では、天明3年(1783)の浅間山大噴火に関連する歴史的資料のうち、特に絵図資料(以下「火山絵図」)を所蔵する機関の一覧を作成し、研究資料として活用できるデジタル撮影を実施した。それぞれの画像データに電子付箋を付与し、地名、人名、釈文などの情報を記入した。これらの調査研究は、火山資料学を構築するための基礎的なものであり、今後の研究に十分に対応できることを確認した。
 以上のごとく本領域研究を通じて、火山罹災地の文化環境と自然環境には、火山地特有のダイナミズムがあることが判明した。このダイナミズムは復旧を促進する自律的ダイナミズムと他律的ダイナミズムによって構成されており、自律的ダイナミズムの本質的なものは時間の経緯であり、他律的ダイナミズムのそれは人為的支援である。しかし、隣接する非罹災地との関係に見られるように自律的とも他律的ともいえる要素が作用し、その積極的な関与を促進する方策をいかに見つけるかが文化環境と自然環境の復元を考える際のもっとも重要な要件である。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、火山噴火による罹災地の文化・自然環境の復元を目指したものである。具体的には、南イタリアのヴェスヴィオ山、群馬県の浅間山・榛名山、鹿児島県の開聞岳の3地域を選択し、それぞれの地域の埋没直前の文化・自然環境を復元した。それらの復元を通じて、火山噴火が与えた文化・自然環境への影響や復旧過程を解明するとともに、学際・文理融合を通じた新たな文化・自然環境の復元モデルを提示することを目的としていた。
 上記の目的に対して、学際・文理融合が十分に機能したことで、考古学の範疇にとどまらない成果につながったと評価できる。特に、地中レーダ探査と表面電位法を組み合わせることにより開聞岳噴火前の村落復元につながったこと、ヴェスヴィオ山噴火とソンマ・ヴェスヴイアーナ遺跡との関係について通説と異なる発見に成功したことなど、顕著な成果をあげている。関連学問分野への今後の波及も期待できるなど、研究領域の設定した目的に対して十分な成果があったと評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --