実験社会科学―実験が切り開く21世紀の社会科学―
平成19 年度~平成24 年度
西條 辰義(大阪大学・社会経済研究所・教授)
20世紀型の社会科学の各分野においては各分野固有の原理で人および社会の振る舞いを分析してきたものの,実際の振る舞いと乖離が生じてしまうことを経験してきた。この乖離の意味するところは重要である。少子高齢化,年金問題,財政破綻,所得格差と貧困,弱者に対する差別,気候変動,エネルギーの確保などなど,20世紀が残してしまった問題に対処するために従来とは異なる制度設計が必要となる。様々な制度のデザインにあたって,人および社会がどのように振る舞うのかを理解せずして,性能のよい制度のデザインは不可能となるからである。
この乖離を埋める有力な手法が被験者を用いる実験研究である。ここでいう「実験」は実験ラボの被験者実験のみを指すものではない。フィールド実験や調査,コンピュターシミュレーションなども実験である。ばらばらになった20世紀型の社会科学の各分野の対話を可能にするのが実験である。さらには,社会科学のみではなく,生物学や哲学の分野の研究も人および社会の振る舞いを明らかにするという意味合いで重要である。この意味で,我々のいう社会科学は従来の社会科学よりもそのカバーする領域が広いといえよう。そのような分野の研究者が,広義の実験手法を通じてしか人の行動を把握できないという意味合いで実験をキーワードとして立ち上がったのが特定領域・実験社会科学であり,新たな社会科学の分析方法論を確立することを目指している。
研究組織は,「制度設計と評価」(「市場」,「組織」,「政治」,「社会」の四班),「人間モデルの構築」(「集団」,「文化」,「意思決定」の三班),理論班,総括班,および公募班である。これらの班の守備範囲は,従来の分野でいうと,経済学,経営学,政治学,社会学,心理学,哲学,生物学,工学,神経科学にまたがっている。
この三年余りの期間において,各班で,各班固有の問題意識のもと,数多くの実験・理論研究がなされている。従来の社会科学の各分野が人間行動および社会の振る舞いの一側面しかみていなかったという意味合いにおいて「群盲評象」状況を呈していたのに対し,本特定領域の研究では,様々な実験手法を通じて,人間行動および社会の振る舞いを多面的にみることが可能になり,新たな社会科学のあり方とその発展方向を問い始めている。
各班に温度差はあるものの,分野における核となる部分の妥当性を確認しつつ,その分野で十分に説明できない部分が他の分野との深いつながりがあることを発見しつつある。つまり,各分野における「アノマリー」の発見に終始しているのではなく,分析できる部分とできない部分の切り分けを着実に行い,できない部分を他分野の核となる部分と連関させ始めている。この意味で,本特定領域は,実験研究を通じて,社会科学の各分野に依拠しつつも,それらが統合できる可能性を見いだしつつあり,変化する社会の制度設計のための新たな分野に発展しはじめている。
A- (努力の余地がある)
本研究領域は、異なる領域に属する社会科学者が「実験」を共通言語として協働し、より高い説明能力と政策提言能力を有する社会科学の構築を目指すものである。特に、社会科学での使用に耐えうる新たな人間性モデルの開発に重点を置いて、理論と実験に基づく社会制度の設計に資することを目的としている。
計画研究によって研究の進捗に若干のばらつきが見られるものの、全体としては着実に進展し、国際的にみても非常に高い水準の研究成果をあげるなど、研究領域の設定目的に照らして、期待通りに研究が進展していると評価できる。
今後は、これまで得られた知見を有機的に連携・融合し、実験という手法を通して、人間と社会に対するより深い理解と洞察を得ていくことを期待する。
研究振興局学術研究助成課
-- 登録:平成23年01月 --