サンゴ礁学-複合ストレス下の生態系と人の共生・共存未来戦略-(茅根 創)

研究領域名

サンゴ礁学-複合ストレス下の生態系と人の共生・共存未来戦略-

研究期間

平成20 年度~平成24 年度

領域代表者

茅根 創(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 サンゴ礁は、サンゴと共生藻の共生関係に基づいて、多様な生物群集からなる生態系とサンゴ自らが作り出す地形が、様々な階層で環境やそこに住む人々と相互作用する共生・共存系である。現在サンゴ礁は、ローカル・グローバルな人為ストレスによって劣化し、破壊されている。しかしこれまでは、複合ストレスに対するサンゴ礁の応答について、階層ごとに分断された個々の学問分野によってアプローチされ、一体のシステムとして扱われていなかった。本領域は、ストレス応答の素過程を扱う生物・化学、歴史的変化を復元する地学・人文科学、ストレス応答モデルを構築する地球システム・工学の諸分野を、複合ストレスに対する応答とその社会システムとの関わりという問題設定のもとに接合し、サンゴ礁と人との新たな共生・共存系の構築を提案することを目的とする。学際分野の連携を推進するために、複合ストレス評価、生態系の応答評価、社会システム評価という3つの連携課題を設けて、研究を進めている。サンゴ礁は、ローカル・グローバルなストレスにもっとも敏感に応答する指標生態系であり、本領域で得られた成果は、同様に複合ストレスによって劣化の危機にある他の生態系と人間社会との新たな共生・共存系の再生・構築に適用することができる。

(2)研究成果の概要

 複合ストレス評価について、サンゴ礁に影響を与えるストレスを網羅的にあげ、その中からサンゴ礁ストレス応答モデルにとって重要なストレスとして、ローカルには栄養塩と土砂、グローバルには水温と二酸化炭素を絞り込んだ。次に、これら複合ストレスの歴史的変遷をサンゴコアやリモートセンシングによって明らかにして、複合ストレスの評価と予測が可能なモデルの構築を進めた。
 生態系応答評価について、ストレスに対する群集変化を記述・予測するための生態系スケールの「サンゴ礁生態系モデル」の枠組みを提案し、その基礎となる生元素の「物質循環モデル」の基本形を開発し、現地調査と過去の群集変化の記録によってモデルを評価した。同時に、このモデルの素過程を規定する「サンゴ内部モデル」を室内実験に基づいて提案した。内部モデルでは、複合ストレスに対する応答指標としてサンゴ内部の酸化状態とそれによる酵素などの遺伝子発現などが適当であり、これらがサンゴ群集代謝(光合成、呼吸、石灰化)変化として現れることを明らかにした。サンゴ内部モデルを、物質循環モデルを通じて生態系モデルに組み込むことによって、ストレスに対するサンゴ礁応答をミクロからマクロまでシームレスに結合させる。
 社会システム評価について、ストレスの発生源と制御主体としての社会システムの歴史的変遷を明らかにして、その定量化・モデル化を行った。発生源について、居住史やコア試料の解析と地域社会の人口・経済動態に基づくストレス発生・伝搬の歴史的変遷を様々な時間スケールで明らかにして、これを生態系モデルと結合して、サンゴ礁の維持を可能にするストレスの閾値と環境収容力を見積もる。この閾値内にストレスを制御する社会システムを提案し、低減の動機となる生態系サービスの評価を行うとともに、サンゴ礁の新しい価値評価を進めることの必要性を明らかにした。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

 本研究領域は、室内実験とフィールドワークを基盤とし、サンゴ個体レベルと群集レベルの素過程、生態系および人間社会活動との関係性を、複合ストレス、それらに対する生態系の応答、生態系をとりまく社会システムの3つの視点から評価し、統合的な理解とモデル化を目指すものである。
 実験、フィールド、モデル化のいずれにおいても着実な研究成果を挙げており、また、人文社会系・理工系・生物系にいたる様々な手法、対象、成果が有機的に結びつき、統合的理解に向かっている点は、複合領域研究として高く評価できる。また、対象地域のコミュニティーとの連携を、意見交換会や発表会を通して図るなど、アウトリーチやフィードバックを積極的に行っている点も評価できる。さらに、人文系などの一部の研究分野や連携研究については論文としての研究成果の公開が待たれる部分があるものの、サンゴ礁と人間の共生関係性の統合的理解へ向けたさらなる研究成果が期待される。今後はサンゴ礁を一つの例として、人間の社会環境と生態系の関係性について、環境研究に共通する取り組み方、考えを生み出すモデルとなることを期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --