神経系の動作原理を明らかにするためのシステム分子行動学(飯野 雄一)

研究領域名

神経系の動作原理を明らかにするためのシステム分子行動学

研究期間

平成20 年度~平成24 年度

領域代表者

飯野 雄一(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 動物の行動は生命の示す最も高次かつ重要な機能のひとつであり、行動を構成する基本的素過程の分子レベルからの解明は人間の精神活動を理解する上でも重要な知的基盤を与える。しかし行動を分子から理解しようとする際、両者の間には依然として大きな階層の隔たりがあり、現状では理解が不十分である。これを乗越えるには行動の鍵となる神経細胞-シナプス-神経回路を同定し、まさにその場で、重要な分子の働きを解析することが必要である。本研究領域ではこのアプローチを可能にするモデル生物を主たる研究材料とし、個体行動とそれを裏打ちする神経回路の働きを分子の観点からできるだけ完全に理解することを目指す。このために、行動遺伝学、神経行動学、分子可視化技術、数理科学、工学などの諸分野を融合して新学問領域を形成し新技術を投入することにより、学習・記憶や感覚情報処理、行動選択、交互運動など、種を越えて保存された行動素過程の動作原理を理解する。例えば、記憶は神経系のどこに蓄えられるか、記憶力を低下させる機構があるのか、複数の感覚はどう統合されるか、複数の可能な行動のうちから動物はどう一つの行動を選ぶかなど、未解明の基本的問題に対する解答を探求する。これらの活動により新学問領域が形成され、これまでなし得なかった先端的な研究成果が得られると予想される。モデル生物を用いて明らかになった法則は、ヒトを含むより複雑な脳機能の解明の糸口となるであろう。

(2)研究成果の概要

 本研究領域は現在計画研究9件、公募研究22件の計31研究課題で研究を推進している。これらは線虫、ショウジョウバエなどの昆虫、ゼブラフィッシュ、マウス、サルを用いた神経科学研究者、光学プローブ作成を専門とする研究者および工学研究者、数理科学の研究者よりなる。領域内の会合では極めて活発な研究交流が行われ、異分野間の共同研究が多数進んでいる。比較的単純なモデル神経系を用いて基本的な神経系の動作原理を明らかにする研究成果がすでに117報の論文として発表されている。例えば、神経発生の過程で軸索の伸展や剪定を正しく制御する機構、長期記憶に関わる分子経路の同定、逃避行動の際の左右非対称な行動を作り出す機構、フェロモンによる個体間相互作用による行動調節機構などの成果が得られている。これらはいずれも機能分子とそれが働く神経あるいは神経回路を特定して機構が解明されたものである。総括班に設置したイメージング支援班では、高速に焦点面を移動させながら複数波長の共焦点画像を取得することにより3次元的に配置した多数の神経細胞の活動や分子動態をリアルタイムで観察するシステムを整え領域共同利用設備として稼働を開始している。数理支援班では行動の数値解析、記憶形成過程のシミュレーション、神経回路動作のシミュレーションなどを行っている。その他領域内共同研究で自由行動中の動物の高速画像トラッキングなども開始しており、今後これらの新たな技術を使った研究成果が得られると期待される。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

 本研究領域は、従来は研究のアプローチが難しかった行動の分子機構を明らかにしようという意欲的な研究領域である。
 種々のモデル生物系を用いて、行動を引き起こす神経系の動作メカニズムを分子レベルから明らかにしようとするとともに、光学プローブを用いた新しいイメージング技術の開発などにも意欲的であり、いずれも順調な研究成果を挙げている。
 その一方で、種の異なる生物間の研究成果をどのようにつなげていくのか、さらに工夫が必要ではないかとの意見や、そのためには、ドーパミン系など異種間で共通した神経系機能の作動原理に絞った解析も必要なのではないかとの意見があった。今後、研究領域としての目的をより一層明確にし、実験班と数理モデル班の能動的な連携を促すなど、研究領域内において、共同研究等をさらに緊密にさせる必要があるのではないかとの意見もあった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --