分子自由度が拓く新物質科学(鹿野田 一司)

研究領域名

分子自由度が拓く新物質科学

研究期間

平成20 年度~平成24 年度

領域代表者

鹿野田 一司(東京大学・大学院工学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 固体物質における伝導性、磁性、誘電性、光物性など多岐に渡る物性の発現は、その構成要素がどのような個性を持ち、どのような様式で凝集するかにかかっている。原子が積み上げられることによって生じる無機物質に比べると、分子という単位で積み上げられる分子性物質には質的に異なる自由度が存在する。固体中の分子には、その向きの自由度である剛体自由度が存在する。その結果、同じ分子から成る物質であっても、各分子がその環境に応じて異なる向きや配列で凝集することによって、全く異なる物性が生じ得る。また、分子内で空間的に広がった分子軌道は、化学修飾や原子置換によって、そのエネルギーや形状を変化させる。従って、同様な分子配列を持つ物質でも、分子の軌道自由度によってその物性を広範に制御することが可能である。さらに、分子には屈曲や伸縮などの内部変形の自由度も存在する。このような"分子自由度"は、他の物質群には無い分子性物質に特有のものであり、多彩な物性発現の源泉となるものである。
 このような観点から、分子自由度が積極的に関与する物性を開拓することで、物質科学に新たなパラダイムが生まれることが期待される。本研究領域では、これまで発展を遂げてきたそれぞれの領域(伝導性、磁性、誘電性、光物性)にとらわれず、物理と化学の枠を超えて電子相の探索、制御、物質開拓を行い、分子自由度を基軸にした新しい学問領域の創出を目指す。

(2)研究成果の概要

 本研究領域は5つの研究項目から成り立つ。A01 項目は分子の配列自由度、A02 項目は分子の軌道自由度を利用して新電子相の探索を行い、A03 項目はスピン自由度、A04 項目は光励起を利用して電子相の制御を試み、A05 項目は領域研究全般を支える物質開発を行っている。現在までに、各項目が連携を取りながら以下のような成果を挙げてきた。i)物理圧および化学圧を用いた分子配列制御による新規スピン液体物質の発見と、ディラック電子相の局所電子状態の解明。ii)中心金属イオンを置換して分子軌道を制御した単一分子種伝導体における新規モット絶縁体の発見と、水素結合と分子軌道との相互作用による室温強誘電体の発見。iii)磁場を用いたスピン操作による・-d 電子系の電気伝導度の制御と電荷移動錯体における強誘電性の制御。iv)高速過渡分光による光誘起中性-イオン性転移および絶縁体-金属転移初期過程の解明と、光誘起絶縁体-金属転移の新しい機構の発見。v)金属絶縁体転移の多重不安定性を系統的に制御する分子系列の開発、多段階酸化還元能を有する分子の合成、および新しいディラック電子系の開発など。
 以上をはじめとする研究成果は、172編の論文として出版されているが、うち81編が項目間または海外拠点を含む共同研究によるもので、項目間および国内外の強い連携が進んでいることがわかる。また、国際会議やワークショップの開催・共催を通して、研究成果を発信するとともに海外研究者との連携を深めている。その中には若手研究者の立案によるものがあり、次世代の研究者が着実に育っている。

審査部会における評価結果及び所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の進展が認められる)

 本研究領域は、配列や電子軌道といった分子の持つ自由度を制御することにより、新たな電子相の創出と制御を目指すものである。
 分子性固体における量子スピン液体や超伝導、クロコン酸結晶の強誘電性、といった新現象・新物質発見、光による伝導性の制御や、磁場による誘電性の制御など、めざましい研究成果を挙げている。これらの研究成果は、海外学術誌などを通じて広く発信されており、当該研究分野における我が国の先導性を国内外に知らしめている。これらは、領域代表者の強力なリーダーシップのもと、力量あるメンバー間に有機的な連携が生み出され、若手研究者の積極的な登用によりその潜在性が引き出された結果であり、高く評価できる。研究期間の後半では、公募研究などを活用して、より挑戦的な課題を推進し、従来の分子性固体研究の次元を超えた、我が国オリジナルの新学術領域を創成することを期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --