研究課題名:一分子生理学による生体分子機械の動作機構の解明

1.研究課題名:

一分子生理学による生体分子機械の動作機構の解明

2.研究期間:

平成16年度~平成20年度

3.研究代表者:

木下 一彦(早稲田大学理工学部・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 たんぱく質ないしRNAでできた「分子機械」が働く原理を解明するため、1個1個の分子が機能している様子を現場で連続観察し、さらに分子に操作を加えてそれに対する応答を調べるのが、一分子生理学である。本研究は、光学顕微鏡下の一分子生理学を駆使して、分子機械の動作原理の根元的理解をめざす。具体的には、可逆な回転分子モーターであるF1-ATPaseや、リニアー分子モーターであるミオシンなどの、ATP駆動の分子機械、およびATP合成酵素のFo部分などプロトンないしイオン流駆動の分子機械の、動作原理の解明を主眼とする。個別の分子機械の動作機構もさることながら、多種多様な分子機械の研究の嚆矢となり見本・参考となるような、一般原理の提出をめざす。
 本研究ではとくに、必ずしも複雑な装置に頼ることなく、「一目で分かる」観察結果に基づき、生体分子機械の作動原理を分かりやすく示すことを目標とする。プラスチックビーズなど、分子機械に比べて巨大な目印を使い、分子機械の動き・構造変化を直接可視化する。巨大目印は磁石や光による分子機械の操作や、分子機械の出す力の測定にも用いる。必要に応じて蛍光性ATPなどの蛍光色素一分子イメージングも加えて、分子機械の動作原理を探る。
 巨大目印を用いた一分子生理学は、思いつくのは簡単だが、実現は試行錯誤の連続で、失敗に終わるのが大部分である。しかし、うまくいけば大きな実を結び、他分野にもインパクトを与える。新しい道を切り開き、一分子生理学をリードしていきたい。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 新しく挑戦をはじめたいくつかの課題の中で、2本足で「歩く」といわれてきた分子モーター・ミオシンVの脚に長い棒を付けることにより、歩行動作を一目で分かる動画として捉えることに成功した。片足(後足)が持ち上がると、その脚は上下左右あらゆる方向にフラフラと回転ブラウン運動した。一方前脚は、揺らがずにさっと前に傾く。この前傾により、腰が前方に運ばれ、持ち上げられた脚のブラウン運動の支点が前方にバイアスされて、最終的に前方に着地する。予想された動きではあるが、初めての直接的証明であり、とくにブラウン運動に関する実験はこれまで無かった。当初計画の中で最も挑戦的な課題であった、ATP合成酵素のプロトン流による回転の可視化も、あと一歩の所まで来ている。
 回転分子モーターであるF1-ATPaseの回転機構に関しても、大きな進展が得られた。まず、このモーターを外力で強制回転させて、正方向回転に伴いATPへの親和性が増加することを示せた。逆回転により合成されたATPの放出をよく説明できるだけでなく、たんぱく質構造変化がリガンドに対する親和性変化の原因となり得ることを示す、初めての結果と思われる。また、このモーターの120度ステップ回転において、最後の40-30度の回転は燐酸解離に駆動されることが分かった。我々のF1は好熱菌由来であるが、至適温度である65度では、回転速度が時間平均して毎秒2千回転以上、ステップ中の瞬間速度はそれをはるかに上回ることも分かった。一方、モーターの回転子の先端をどんどん削り、固定子側で先端を支える部分との接触が無くなってしまっても、遅いながら回転が起き回転力もかなりでることが分かった。従来の回転モデルでは説明できそうもない結果である。

5.審査部会における所見

A-(努力の余地がある)
 世界に先駆けミオシンV脚タンパク質の歩行運動をリニア分子モーターとして動画での可視化を可能にし、モーター分子研究に新たな衝撃を与えるなど、オリジナリティの高い研究が高く評価された。さらにATP合成酵素のタンパク質構造改変研究の結果からも、F1ATPaseのγサブユニットのほぼ全部を消失させた改変タンパク質が、実はATP駆動能を持つと証明され、これまでの学界の理解を大きく覆し得る成果を与えた。好熱菌由来のF1ATPaseを4~70度の制御下で顕微鏡観察した研究において、至適生育温度の65度では、これまで生物界で知られていたバクテリアの鞭毛モーターによる毎秒数百回転を大きく上回り、平均回転速度毎秒2,000回転、毎分12万回転以上の驚異的な回転数を持ち、真空中での超遠心機の最高速度に匹敵していることも証明された。これら研究成果実現の背景には、課題解決のための技術開発の多大な努力と進展が伺え、多くの研究時間がそこに向けられたと察せられる。これにより得られた成果は、生物物理学の領域から生物系研究者に向けて細胞内の分子モータータンパク質全般の貴重な研究情報を提供し得るばかりでなく、研究代表者らがミオシンV脚タンパク質の新たな固定方法の開発などの点で、世界をリードする可能性が伺えられた。他方、蓄積されてきた貴重な結果の多くは、現在論文発表化の途上にある。次年度以降はそれら独創性および衝撃性の高い成果を世界に向けて発信することに尽力されたい。世界に誇れる日本発の歴史ある研究分野の重要な研究成果として、一層の情報提供を期待している。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --