研究課題名:機能的神経ネットワークの構築と制御の分子メカニズムの研究

1.研究課題名:

機能的神経ネットワークの構築と制御の分子メカニズムの研究

2.研究期間:

平成17年度~平成21年度

3.研究代表者:

中西 重忠(財団法人大阪バイオサイエンス研究所・所長)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 神経回路の構築と制御機構を明らかにすることは脳機能及び機能異常の機構を理解するための中心的な課題である。本研究の目的は、神経回路の制御機構を理解するために、小脳神経回路と基底核神経回路に焦点を当てて神経伝達の制御機構と神経可塑性の機構を明らかにする事である。両者の神経回路は共に運動制御、或は運動記憶に重要な役割を果たし、さらに基底核は薬物依存症を誘起する重要な作用部位である。また両神経回路は入力と出力の関係が定量的に解析出来る系であり、形態学的及び生理学的な解析も進んでいる。従ってこの利点を生かして3本の柱からなる研究課題、即ち第1に神経細胞の活性調節が重要な役割を果たす生後発達期の小脳神経回路の構築機構、第2に運動制御、運動記憶を支配する小脳神経回路の制御機構と神経可塑性の分子機構、第3に運動のバランス制御と薬物依存の作用部位として働く大脳基底核の神経回路の制御と可塑性の機構を追求する。それぞれの研究に対しては分子生物学的手法を基盤において、生体工学、電気生理学、光学的測定法、形態学など種々の手法を駆使して融合的な研究を進める。本研究の意義は、第1に本研究課題が脳機能の分子機構を理解するための中心的課題である事、第2に本研究はパーキンソン病、運動障害、薬物依存症の脳病態の解明に直結するものである事にある。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 各研究題目は研究計画通り進めて以下の成果を挙げた。
 1.小脳発達期の神経回路構築機構:我々は生後小脳の未成熟顆粒細胞が成熟するにつれて静止膜電位を脱分極から非脱分極に移行する事に着目し、顆粒細胞初代培養と発達期小脳の解析を組み合わせて、脱分極によって未成熟顆粒細胞の増殖、分化、移動に関わる遺伝子が、一方非脱分極によって成熟細胞のシナプス成熟にかかわる遺伝子が誘導される事、また膜電位で変化するCa2+(カルシウムイオン)とCa2+(カルシウムイオン)依存性カルシニューリンがこの発現調節に鍵となる事を明らかにした。さらに成熟時に誘導されるNMDA受容体NR2Cの発現誘導には、BDNFを介したCa2+(カルシウムイオン)/カルモデュリン依存性キナーゼとカルシニュ-リンの協調的な制御が働くという新しい機構を明らかにした。
 2.小脳神経回路の制御機構:小脳神経回路において顆粒細胞からプルキンエ細胞への興奮性神経伝達を特異的かつ可逆的に完全に阻止出来る変異マウスを作製する事に成功し、このマウスを用いて運動記憶の典型である条件付き瞬目反射の獲得と発現が可逆的に制御出来る事を示した。現在本モデルマウスを用いて小脳性運動記憶の獲得と発現における小脳神経回路の伝達制御機構の解析を進めている。
 3.大脳基底核の神経回路の制御と可塑性の機構:大脳基底核の神経回路においてはドーパミンと基底核に局在するアセチルコリンが拮抗的かつ協調的に作用して基底核の伝達を制御し運動のバランスと薬物依存の誘導を調節している事、さらに大脳皮質からのグルタミン酸神経伝達の前シナプス性の新しい制御機構を明らかにした。現在基底核の主要細胞に対するドーパミン、アセチルコリン、グルタミン酸の相互作用と作用の違いを明らかにする研究を進めている。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 研究代表者は小脳および大脳基底核神経回路の構築と制御機構を分子生物学的手法で明らかにする独自のアプローチで研究を進めている。生後発達期の小脳神経回路構築において、小脳顆粒細胞の成熟が静止膜電位の脱分極から非脱分極への移行に伴う遺伝子発現の変化に伴って起こり、その鍵を握る分子がカルシウムとカルシニューリンであることを明らかにした。またNMDA受容体NR2Cの発現誘導には、BDNFを介したCaMkinase2とカルシニューリンの協調的な制御が働くという新しい機構を解明した。また大脳皮質からのグルタミン酸神経伝達が前シナプス性に基底核の神経回路を制御することをつきとめた。これらの成果は国際一流誌に掲載されている。神経回路についてこれまで得られた神経生理学的知見に基づきながら、分子生物学的手法の導入によってその知見を超える新事実を次々と発見しており、分子とシステムを結ぶこれからの神経科学の方向性を鮮やかに示している。小脳回路の生後発達の研究もユニークな切り口で興味深い展開を見せている。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --