研究課題名:細胞記憶を支えるクロマチンダイナミクス

1.研究課題名:

細胞記憶を支えるクロマチンダイナミクス

2.研究期間:

平成17年度~平成19年度

3.研究代表者:

広瀬 進(国立遺伝学研究所・個体遺伝研究系・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 特定の遺伝子発現パターンが細胞分裂を経て、また分裂後も長期間にわたって維持されることを細胞記憶という。例えば、Hox遺伝子群の発現パターンは胚発生期にいったん確立されると細胞分裂を経て長期間維持され、それによって体の形づくりが決定される。また、ヘテロクロマチン近傍の遺伝子は確率論的に発現されたり抑制されるが、いったん確立された発現もしくは抑制状態は細胞分裂を経て維持されるため、それらのクローンはposition effect variegation(PEV)と呼ばれる班入りを生じる。さらに、X染色体上の遺伝子はオスとメスで発現状態が異なるが、その状態は細胞分裂を経て維持されてX染色体の量的補正を可能としている。このように細胞記憶は多細胞生物の発生において根源的に重要な役割を果たしている。本研究では、分子生物学と遺伝学の両面からのアプローチが可能なショウジョウバエを用いてHox遺伝子群発現維持、PEV、X染色体量的補正に注目して細胞記憶のメカニズムを解明し、その普遍性をマウスを用いて検証することを目的とする。
 細胞記憶は、体の形造りや生殖系、造血系、神経系幹細胞の維持に関わるだけでなく、その異常は白血病、癌、免疫不全や遺伝病の発症に至る。本研究の成果は個体発生だけでなく、癌や遺伝病発症のメカニズムの理解につながり、これら疾病の予防と治療法の確立に必要な基礎を提供することが期待される。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 我々はショウジョウバエのGAGA因子がFACTと複合体を形成し、Hox遺伝子の発現維持やPEVに関与することを明らかにした。また、超らせん化因子がX染色体量的補正に関わることを見出した。これらの研究結果をふまえて本研究を実施し、以下の成果を得た。
 1.GAGA因子-FACT複合体がクロマチンリモデリング因子PBAP複合体をPc/trx応答領域にリクルートし、クロマチンリモデリングを誘起してHox遺伝子の発現状態を維持する。2.GAGA因子-FACT複合体がwhite遺伝子下流に存在するGAリピート配列に結合し、クロマチンリモデリングを誘起してK9メチル化ヒストンH3をヒストンH3.3に置換することにより、ヘテロクロマチンの侵攻を阻止して遺伝子の発現状態を維持する。3.Pc/trx応答領域のnon-coding RNAがHox遺伝子発現維持に関わる。4.超らせん化因子はMOFによりヒストンH4K16がアセチル化されたクロマチンにリクルートされ、コンパクトで抑制性のクロマチンを形成するISWIと拮抗し、オープンな活性クロマチンを形成してX染色体量的補正に関わる。5.Ash1ノックアウトマウスのホモ個体は生育するが、骨の形態に異常を生じる。一方、FACTサブユニットSPT16のノックアウトマウスのホモは胚致死であった。
 以上のように研究は順調に進んでおり、期待された成果が得られつつある

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 研究代表者らは、細胞分裂を経て長期間維持される遺伝子発現パターンの継続、すなわち細胞記憶の分子機構に関してショウジョウバエの系の利点を活かした先駆的研究を展開しつつ、マウスの系でその普遍性の検討を進めている。様々な数多くの因子の相互作用によって誘起されるクロマチンダイナミクスの実態と細胞記憶の分子機構に関する研究が順調に進展中であり、特に活性化クロマチンを維持するためにヒストンが置き換えられるという重要な発見をふくむ研究論文の発表が予定されている。ノックアウトマウスを用いたクロマチン制御因子の解析についてはショウジョウバエの系からの予想に反して剣状突起など骨の形態に異常が観察されたが、これからの研究進展が期待される。今後も計画された予定に沿って成果を挙げて頂きたい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --