研究課題名:量子ヒステリシスを示すポリ酸ナノ磁性体の開発と分子磁性

1.研究課題名:

量子ヒステリシスを示すポリ酸ナノ磁性体の開発と分子磁性

2.研究期間:

平成17年度~平成19年度

3.研究代表者:

山瀬 利博(東京工業大学・資源化学研究所・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 これまで金属酸化物のクラスターイオンであるポリ酸の創製と機能に関する研究を行い多くの知見を得てきた。通常の金属酸化物が絶縁体から超伝導体までの電気的性質をもち、これを組み合わせたデバイスや機械が現代工業社会の根幹を形成している事実は、金属酸化物クラスターであるポリ酸が次世代産業の根幹物質として重要であることを予測させる。最近、我々はVO2+が3個V…V距離5.4Aでほぼ正三角形に配位した[(VO)3(SbW9O33)2]12-がスピンフラストレーション系特有のS=1/2⇔S=3/2の磁化の跳びと量子ヒステリシス(低温での高磁場パルスの下)を示すことを見出した。これは単に新規分子磁性体の発見にとどまらず、スピン間のDzyaloshinsky-Moriya相互作用を実験的に示す(ハーフステップ磁化の観測)モデルとして理論的にも注目される。この発見を基礎に本研究は量子/古典の境界領域のナノスピンクラスターの分子磁性を総合的に理解するためnon-colinearなスピン構造(三角、四角、六角、プリズム、ボール、リング、鎖状)の新規ポリ酸分子磁性体を創製しその構造化学を自己集合反応の生成メカニズムを含めて明らかにし、スピン間相互作用の実験的詳細を磁化率、EPR,パルス磁場下での磁化、・SR、中性子散乱、比熱などの測定により求め、新規単分子磁性体群のスピンハミルトニアンを正確に求めるための実験的基礎と分子設計を行うことを目的とした。得られる成果は新規な単分子磁性体の開発のみでなく分子磁性の理論、実験事実を提供できる意味でもユニークで基礎的にも大変重要であり、ナノテクノロジーの分野での新素材としても十分に意義あるものである。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 スピンフラストレーション系三角スピンポリ酸に続き、2.9-3.2A辺の正六角形のスピンクラスターを含むD3d対称のアニオンとn-BuNH3+カチオンからなるポリ酸を創製しこれが強磁性を示すことを発見し、基底状態、励起状態のエネルギー準位や磁気的相互作用の強さの値(J)が見積もられた。また磁性イオンとして希土類金属イオン(Ln3+)をナノリングポリ酸に導入したリング、鎖状の希土類ナノ(4ナノメートル)構造のポリ酸を得るため一連の楕円構造の希土類ナノリングポリ酸({Mo150Ln2},{Mo120Ln6},{Mo130Ln10})を発見とその光合成法を確立、希土類ナノリングチェーンポリ酸としての{Mo146Ln2}・も創製した。同時にナノリングへのボトムアップ型光自己集合反応のメカニズムも構造化学的に明らかにされ、内径リングに種々の有機配位子が多様な配位モードで結合し得ることも見出された。スピンボール、ナノチューブポリ酸の光化学合成の再現性も確認でき、四角スピン、スピンプリズムを含む一連の新規ポリ酸の磁気化学へと展開しつつある。今回発見した六角スピンポリ酸は、分子磁石として現在盛んに研究されているものの理論的解析が困難なMn12に比べ構造も単純で理論的にも解析可能(たとえばCu612+では23のHilbert-space dimension)とみなされることから注目される化合物であって、今後AC磁化率、パルス磁場下での磁化、中性子散乱、比熱、・SRなどを求め新規分子磁石としての理論的解明を行う。さらにはn-BuNH3+カチオンを(超)伝導性カチオンに置換して伝導電子と磁性イオンとの相互作用に関する分子磁性も求める。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 Non-colinearなスピン構造(三角、四角、六角、プリズム、ボール、リング)をもつ、多数の新規ポリ酸の創製に成功し、ポリ酸の光反応による種々のナノ構造体の自己集合反応メカニズムを時間分解ESR分光法を用いて解明するなど、順調に研究成果が上がっている。一連のポリ酸が強磁性を示すことを発見し、磁化率測定データの解析も進展している。ポリ酸を骨格とするナノ構造磁性体に希土類金属イオンを導入することにより、さらなる機能の多様化が図られており、ポリ酸化合物を基盤とする新たな化学の展開も期待される。本研究で導入された高出力X線発生装置付構造解析装置を用いた精密構造解析の成果も出始め、ポリ酸の構造と分子磁性発現機構との相関が明らかにされるものと思われる。当初の研究計画調書に沿って研究が順調に進んでおり、現行のまま推進すればよいと判断した。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --