研究課題名:高エネルギー縦偏極電子・陽子衝突による標準模型の精密検証

1.研究課題名:

高エネルギー縦偏極電子・陽子衝突による標準模型の精密検証

2.研究期間:

平成16年度~平成20年度

3.研究代表者:

徳宿 克夫(高エネルギー加速器研究機構素粒子研究所・助教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 ドイツ・ハンブルグ市のドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)に、世界で唯一の電子・陽子の衝突型加速器HERAが建設され、日本を含めた国際共同実験が平成4年から進んでいる。HERAでは、約300億電子ボルトの電子または陽電子と、約9,000億電子ボルトの陽子を衝突させ、重心エネルギーをこれまでの一桁以上上回る世界最高エネルギーで電子と陽子の衝突実験ができる。我々の研究は、このHERAという世界最高精度の微細電子顕微鏡で陽子内部を調べるもので、陽子の構造や、電子陽子間の力を媒介する粒子の構造を、10-18メートルの精度(陽子の大きさの約千分の一)で測定できる。
 陽子はたくさんのクォークやグルーオンが複雑に作用しながらできているが、この陽子内部のクォークやグルーオン分布を精密に測定する。それと同時に、多彩な衝突現象から、標準理論の根幹である二つの理論、強い相互作用の力学である量子色力学(QCD)と光子・W・Z粒子による電弱相互作用を説明するワインバーグ・サラム理論の検証を進める。今回の研究では、衝突させる電子を偏極させることで、自然界の左右非対称性を精密測定でき、標準模型との比較をより精密に行う。標準模型の予想からのずれを調べることから、標準模型を超える現象、例えばレプトクォークや重いニュートリノ等の新粒子の探索、新しい相互作用の探索等を並行して進める。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 実験は順調に進んでおり、偏極電子と陽子の衝突データを取り終え、平成18年7月からは偏極陽電子と陽子の衝突実験に切り替えた。平成19年3月までで、電子、陽電子ともほぼ同量のデータを収集できる見込みである。それ以降加速器が運転を停止する平成19年6月末までは、陽子ビームのエネルギーを下げてデータ収集を行う。
 電子がニュートリノに変わる荷電流反応は標準模型では左巻き粒子でしか起こらない。偏極電子及び偏極陽電子を使った実験によってこれを検証することができた。電子が電子のまま散乱される中性流反応の研究では、偏極電子を使うことで、陽子内部のuクォークとZ粒子との間の結合の強さを精密に測定している。これまでに得られたデータからの暫定結果を公表したが、既に過去の実験よりよい精度で測定できている事を示した。ここでも標準模型の予想値と結果はよい一致を得た。多くの反応を多角的に用いることにより、陽子内部のクォークとグルーオンの分布をこれまでより高い精度で求めることができた。得られた結果は量子色力学の予想とよく一致し、ここから強い相互作用の結合定数が精度よく決定できた。
 以上のように標準模型の検証を広く進め、実験データがこのモデルと矛盾しないことを示した。標準模型の枠を超える現象の探索も進めているが、現在のところ有意な結果は得られていない。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 世界で唯一の電子(陽電子)・陽子衝突装置を使った電弱理論と強い相互作用に関する研究が、概ね順調に進んでいると判断される。特に偏極衝突における荷電流反応断面積の測定から標準模型の左右非対称性が検証され、中性流反応の測定においてもZ粒子とクォークの結合定数が精度よく求まり、電弱理論の検証が進んでいる。また、強い相互作用の精密検証や陽子構造関数の決定においても着実に知見を積み重ねている。標準理論を超えるような結果は得られていないが、地道な実験検証への努力が評価される。論文等による成果発表も着実で、博士や修士の若手育成も進んでおり、国際共同研究におけるグループの存在感も十分と判断される。以上により、現行のまま進行すればよいと判断した。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --