研究課題名:反水素原子の分光

1.研究課題名:

反水素原子の分光

2.研究期間:

平成15年度~平成19年度

3.研究代表者:

早野 龍五(東京大学大学院理学系研究科・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 1957年にパリティー(P)対称性と荷電共役c対称性の破れが、1964年にCP対称性の破れが発見されているが、C,Pに加えて更に時間反転(T)も同時に行なえば物理法則は不変に保たれることが1955年に証明されているため(CPT定理)、CPT対称性の実験的検証はこれまであまり重視されなかった。しかし近年CPT対称性が破れる可能性が論じられるようになり、CPT対称性を可能な限り高精度で検証する事が重要となった。
 CPT対称性が成り立てば、粒子と反粒子の質量は等しい。そこで、陽子と反陽子の質量や、水素原子と反水素原子スペクトルの精密比較によるCPT対称性の検証が注目されている。我々は3年前に反水素原子の大量生成に成功し、反水素原子分光によるCPT対称性検証への道を拓いた。また、我々が約15年前に発見した反陽子ヘリウム原子(反陽子、電子、ヘリウム原子核からなる準安定な三体系)のレーザー分光による反陽子質量決定精度は、1999年に500ppb(パーツパービリオン)、2001年に60ppb(パーツパービリオン)、そして2003年に10ppb(パーツパービリオン)(ppb(パーツパービリオン)は10億分の1)と着実に向上し、バリオンにおけるCPT検証の最高記録を更新し続けている。
 本研究では、CERN研究所(ジュネーブ)の反陽子減速器にて反水素原子を大量に生成し、反水素原子のレーザー分光/マイクロ波分光を行うこと、及び、反陽子ヘリウム原子の分光精度を更に高め、CPT対称性を最高精度で検証することを目標とする。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 本研究開始以来得られた主な成果は以下の通りである。
 1.光周波数コムによって絶対周波数安定化されたパルスレーザーを開発し、それを用いて反陽子ヘリウム原子の精密分光を行い、反陽子・電子質量比を10桁測定することに成功した(m ̄p/me=1,836.152,674プラスマイナス0.000005)。これは、CPT対称性の最高精度検証であるとともに、基礎物理定数の精度向上にも貢献する結果である。
 2.反陽子線形減速器(RFQD)で100keV(キロ電子ポルト)に減速した反陽子を希薄ヘリウムガスに打ち込む方法で、準安定な反陽子ヘリウムイオン( ̄pHe++)を発見し、現在そのレーザー分光に取り組んでいる。この系(二体系)のレーザー分光に成功すれば、反陽子ヘリウム原子(三体系)の理論計算に伴う誤差を回避できると期待している。
 3.反水素原子生成の副産物として、ペニングトラップ中で ̄p+H+2→ ̄pp+H反応が起き、準安定なプロトニウム(プロトニウム)が生成されることを発見した。この二体系も、将来分光の対象となると期待している。
 4.ペニングトラップ中での反水素原子生成過程に関する理解を深めた。反水素原子を約300Hz(ヘルツ)で生成することに成功した一方、当初の予想に反して反水素原子が主として高励起状態に、また、環境温度の15Kよりも約10倍の高温で生成されていることなども明らかとなってきた。
 反陽子ヘリウム原子については更なる高精度化にむけて努力中であり、反水素原子については、超伝導八重極磁石による反水素原子捕獲・分光、および高周波トラップによる反水素原子生成・分光のための装置開発・建設を推進している。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 本研究では、反陽子ヘリウム原子のレーザー分光によって反陽子・電子質量比を10桁の精度で測定することに成功し、基礎物理定数の精密決定に関して極めて大きな貢献が認められる。さらに、反水素原子の生成過程の研究において、プロトニウムを世界に先駆けて発見したことも、優れた成果であると評価する。テーマとして掲げている反水素原子の分光とそれによるCPT対称性の検証に関しては、基底状態の反水素原子生成など今後の進展を待つところが大きいが、総合的な評価として、現行のまま推進すればよいと判断した。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --