研究課題名:思考と学習の霊長類的基盤

1.研究課題名:

思考と学習の霊長類的基盤

2.研究期間:

平成16年度~平成20年度

3.研究代表者:

松沢 哲郎(京都大学霊長類研究所・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 人間を特徴づける思考やその背後にある学習の特性を知るうえで、それらがどのように進化してきたかという理解が必要不可欠だ。そのために、「進化の隣人」と言えるチンパンジーを対象に、その「思考と学習の発達的変化」について、とくに多彩な変貌を遂げる「子ども期(4歳以上-8歳未満)」に焦点をあてた研究をおこなう。チンパンジーでも、文字や数字などを表象媒体とした言語的スキルの習得がある程度まで可能だと言われる。彼らの認知機能とその発達を知るために、京都大学霊長類研究所の1群14個体(5歳から40歳までの3世代、とくに3組の母子)と、アフリカ・ギニアのボッソウ野生群12個体(2歳から約50歳までの3世代)を主たる研究対象にした長期継続研究である。コミュニティーのなかま関係を背景に、子どもたちが、いつ、だれから(あるいは自分で)、何を、どのように学んでいくのか、チンパンジーの思考や知性はどこまで引き出されるのか、逆にどのような制約をもっているのか、それを明らかにするのが本研究の目的である。具体的には、1)基盤となる感覚・認知・記憶・情動などの処理過程にヒトとチンパンジーのあいだに基本的な差は無いのか、2)回帰的な構造をもつ思考や、系列情報の処理、クラス概念・関係概念・包摂概念などにあらわれる階層的認知構造の特徴、3)「心の理論」で言われる「他者の心の理解」や、共感・同情から共同・協力に到るまで、社会的場面における思考と学習の制約、を明らかにしたい。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 研究は順調に進捗している。平成18年度は、主な対象児3個体が5歳後半から6歳を迎え、ようやく離乳して「あかんぼうから子どもへ」と確実に移行した時期だった。以下の3つの課題場面で認知機能を調べた。「タッチパネル付きコンピュータの個体学習場面」、「チンパンジー幼児が研究者と対面して認知検査を受ける対面テスト場面」、「複数のチンパンジー同士のやりとりをみる社会的場面」である。個体学習場面では、各個体を対象にした思考と学習の解析を進めた。運動知覚、3次元の奥行き知覚、表情認知とくに視線方向の知覚、視覚・聴覚のマッチング、アラビア数字や色を表す文字の習得、カテゴリー概念の形成過程などの分析をすすめている。とくに数字系列の記憶課題では、チンパンジー5歳児の瞬時記憶能力が母親やヒトのおとなよりも優れていることを発見した。対面テスト場面では、変形積木や入れ子カップを使った認知テストを考案し、物理的因果の理解について検討した。社会的場面では、道具使用などの知識の伝播、トークンを利用したかけひきや互恵的利他行動について検討した。さらに、こうした実験研究と対応するものとして、西アフリカ・ギニアの野生チンパンジーを対象に、親子関係や道具使用の発達研究をおこなっている。また種間比較として、1歳から4歳までのヒト乳幼児、テナガザルの子ども2個体、ニホンザルの子ども、フサオマキザルを対象に、認知発達研究を継続している。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 個体学習場面、対面場面、社会的場面という3つの研究場面を新たに設定することにより、研究は着実に進展しており、成果も質量ともに良好である。とくに個体学習場面において、「人間の大人でも出来ない知的記憶課題が、チンパンジーの子どもに出来る」という指摘は興味深く、記憶などでヒトとの比較上重要な知見が得られている。社会的場面でも、互恵的行動、役割行動などの新しい知見が得られている。研究成果の普及への努力も、メディア、一般書などの形で充分になされている。世界的な研究成果を上げており、継続的に支援したい研究である。今後、ヒトとチンパンジーの違っている点がより明確になることを期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --