研究課題名:造血幹細胞ニッチと細胞分裂制御

1.研究課題名:

造血幹細胞ニッチと細胞分裂制御

2.研究期間:

平成16年度~平成20年度

3.研究代表者:

須田 年生(慶應義塾大学医学部・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 更新する組織の発生・維持には自己複製能と多分化能を有する幹細胞が存在する。しかし、幹細胞が幹細胞を生むという自己複製能は概念的であり、その実体あるいは分子基盤は不明のままである。そこで、我々は、幹細胞を「高い増殖能を有しながら分裂を止めている状態の細胞」と定義することにより、造血幹細胞の環境(ニッチ)分子を明らかにすると同時に、幹細胞の細胞周期・分裂制御機構を解析する。また、幹細胞は、予め幹細胞として運命づけられているというより、周辺の細胞や環境分子によって、その動態が影響を受けると考えられる。ニッチは、生態学的適所を意味し、本研究では、先ず幹細胞のニッチとは何かを明らかにする。次に幹細胞の特徴的な細胞周期制御機構であるG0と呼ばれる静止期の本体、生体内の刺激により細胞周期に入る機構、分裂した娘細胞のひとつは幹細胞、他のひとつは分化する前駆細胞にと不均等分裂をする機構を解明し、幹細胞の動態を明らかにする。本研究により、ニッチ因子による幹細胞の動態制御が可能になれば、より有効な骨髄移植、幹細胞を守る抗がん剤治療などの道を拓くことができる。また、本研究はがん幹細胞の概念、がんの動態、その治療に貢献すると考える。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 幹細胞は、自己複製能と多分化能を有する細胞であり、組織の形成/維持には、幹細胞・前駆細胞/成熟細胞からなる幹細胞システムが存在する。この幹細胞は、予め幹細胞として運命づけられているというより、周辺の細胞や環境分子(ニッチ)によって、その動態が影響されると考えられる。ニッチは、生態学的適所を意味し、本研究では、最も解析の進んだ造血系において、幹細胞機能を変異マウスを用いて個体レベルで検討し、その分子機構を細胞レベルで解析する。
 2004年、我々は、造血幹細胞は、骨芽細胞に接着して静止期にあること、その制御に、アンジオポエチン・TIE2(ティアイイーツー)のシグナルが関与することを明らかにした。また、細胞周期制御遺伝子ATM遺伝子の破壊マウスにおいて、活性酸素が蓄積し幹細胞機能が消失すること、また、これらの異常が、抗酸化剤投与によって回復することを示した。
 今後、静止期幹細胞と分裂する幹細胞をFACSで分離し、遺伝子発現あるいは代謝の違いを検討し、低酸素性ニッチにあると考えられる静止期幹細胞がいかに未分化性を維持しているかを明らかにする。本研究により、定常的に細胞が更新する造血において、幹細胞はどのように維持され、動員されるのか、いわゆる「幹細胞の使われ方」を理解し、組織構築あるいは再生の原則を明らかにする。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 造血幹細胞ニッチの分子基盤ならびに造血幹細胞におけるATM機能について優れた研究が推進されている。特に、ATMの機能解明に関しては、ATMが細胞内レドックス制御に関与し、活性酸素産生を抑制することにより幹細胞の自己複製能を維持していることが明らかとなった。また、活性酸素種によるp38MAPK(ピーサーティエイトアップカイネース)の活性化も幹細胞特異的に認められ、抗酸化系が幹細胞の未分化性維持に重要であることが示唆された。造血幹細胞ニッチにおいては、Ang-1が造血幹細胞表面のTie2(ティアイイーツー)受容体を介して造血幹細胞の骨芽細胞への接着を制御し、この相互作用は造血幹細胞の増殖停止にも関わることを見い出した。研究組織は研究者間の連携が大変良好であり、造血幹細胞研究の新しいシーズ探索、例えば、生殖幹細胞研究から同定された遺伝子の機能を生殖幹細胞と並行して造血幹細胞でも解析するなど、多彩な研究が効果的に進められている。本研究課題は、当初の研究目的に沿って着実に進展しており、今後、幹細胞ニッチ・細胞周期制御機構の解明に向けてさらなる発展を期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --