研究課題名:癌遺伝子による足場非依存性増殖能獲得のメカニズム

1.研究課題名:

癌遺伝子による足場非依存性増殖能獲得のメカニズム

2.研究期間:

平成16年度~平成20年度

3.研究代表者:

花房 秀三郎(財団法人大阪バイオサイエンス研究所花房特別研究室・研究員)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 繊維芽細胞や上皮細胞などの付着細胞が、細胞外基質(足場)に接着しなくても生存し増殖できるようになることを、足場非依存性増殖能の獲得と呼ぶ。この能力は、がん細胞が持つ一般的な特質として古くから知られ、正常細胞とがん細胞とを区別する指標としても広く用いられてきた。さらにがんの浸潤、転移にも深く関与しており、その分子機構の解明は極めて重要と考えられる。正常な付着細胞においては、増殖因子その他の因子の刺激と、インテグリンを介した細胞外基質への接着による刺激の両方が揃って初めて増殖シグナルならびに生存シグナルが伝達され、最終的に細胞周期が回って増殖が起こる。それに対して、がん細胞では、このシグナル伝達のいずれかの段階がバイパスされるか変化するために足場非依存的に増殖できるようになっているものと考えられているが、その詳細なメカニズムについては不明な点が多く残されている。本研究では、Crk、Src、Rasなどの癌遺伝子が、どのようにして足場非依存性増殖を引き起こすのかを明らかにすることによって、この古くから知られる癌細胞の特性の裏に潜む共通の基本的な分子メカニズムの解明を目指す。
 この足場非依存性増殖の分子機構の解明は、がんの発症過程を理解する上で重大な意味を持っているだけでなく、このシグナル伝達メカニズムの実体が解明され、それを制御する方法が開発されれば、新たな癌の予防、治療法にもつながる大きな可能性を秘めている。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

Crkによる足場非依存性増殖誘導の分子メカニズムの解析

Crkのエフェクター分子のノックアウトマウスを用いた実験などから以下のことを明らかにした。
※Crk過剰発現による足場依存性増殖の誘導にはFAKとp130Cas(ピーヒャクサンジュウキャス)が必要である。
※Crkの過剰発現はp130Cas(ピーヒャクサンジュウキャス)を介してFAKの恒常的な活性化を誘導する。
※Crk過剰発現によるFAKの恒常的な活性化と足場依存性増殖誘導は、p130Cas(ピーヒャクサンジュウキャス)のCrk及びFAK結合領域に依存する。
 また、RNA干渉(RNAi)を用いた実験から、c-Crkがインテグリン刺激によるFAKの活性化を制御し、細胞の接着、伸展、運動を制御する事を明らかにした。

癌遺伝子による足場非依存性増殖誘導の動物種間による違いの解析

ヒト繊維芽細胞が示すRasによる足場非依存性増殖誘導に対する抵抗性のメカニズムをラット繊維芽細胞との比較によって解析し、以下のことを明らかにした。
※ラットの細胞ではRasによってアクチン細胞骨格系の崩壊による強い形態変化が観察されたのに対して、ヒトの細胞はこれらの変化に対して非常に強い抵抗性を示す
※ラットの細胞では、活性型RasによってFra1の発現が強く誘導されるのに対して、ヒトの細胞では、わずかな発現誘導しか起こらなかった。さらに、Fra-1を強制発現させることによって、ヒトの細胞でも足場非依存性増殖が誘導されることが分かり、この転写因子の発現抑制がヒト細胞が示す活性化型Rasによる癌化に対する抵抗性の原因の一つである事が分かった。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 本研究は細胞のがん化における足場非依存性増殖能の獲得メカニズムを解明するべく、アダプター分子CrkIIやRasなどによる細胞応答の分子機構を解析することを目的として推進されている。研究代表者が大阪バイオサイエンス研究所所長を退任したことに伴い、彩都バイオインキュベータに同研究所特別研究室を新たに構えたが、それまでの研究グループを維持・発展させながら研究を継続しており、研究は極めて順調に進展している。CrkIIについては、インテグリンシグナルの下流におけるその重要性についての新しい知見を得ており、細胞外基質への接着による細胞刺激と足場非依存性能の獲得を繋ぐCrkIIの役割が鮮明になりつつある。一方、ヒトと齧歯類細胞における足場非依存性増殖能獲得の違いについても、ヒト線維芽細胞におけるRasによる足場非依存性増殖誘導の抵抗性のメカニズムの解析が順調に進んでいる。本研究はヒト細胞のがん化の仕組みに真っ正面から取り組んでいる研究であり、新しいがん治療法への展開を含め、今後の進展が大いに期待される。なお、設備備品等も予定どおり購入され、研究費は有効に使用されている。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --