研究課題名:ギガサイクル疲労破壊機構に及ぼす水素の影響の解明と疲労強度信頼性向上方法の確立

1.研究課題名:

ギガサイクル疲労破壊機構に及ぼす水素の影響の解明と疲労強度信頼性向上方法の確立

2.研究期間:

平成14年度~平成18年度

3.研究代表者:

村上 敬宜(九州大学大学院工学研究院・教授)

4.研究代表者からの報告

(1)研究課題の目的及び意義

 本研究課題が採択されてからの3年半の間、水素利用技術に関する世界各国の戦略は大きな展開を見せている。安全な水素利用社会実現のために燃料電池システムの長期安全の確保が求められているが、このような状況の中で、近年特に注目されている超長寿命(ギガサイクル)疲労破壊現象をはじめとして、疲労強度特性に及ぼす水素の影響の解明は避けては通れない課題となっており、本研究の学術的および実用的意義は益々高まっている。107回までの繰返し試験で決定される通常の疲労限度より低い応力での疲労破壊は、通常知られているような材料表面からではなく材料内部の介在物や欠陥などを起点とするので、超長寿命疲労破壊の原因を解明するには、内部破壊の機構を把握することが必要である。本研究では、水素の役割が決定的に重要であることの確証を得ることと、超長寿命疲労破壊機構を明らかにすることを第一の目的とする。破壊機構が明らかになればその成果は破壊事故防止に生かされることになる。さらに、高強度鋼のギガサイクル疲労強度に及ぼす水素の影響に加えて、燃料電池システムに使用される各種材料の疲労強度に及ぼす水素の影響についても研究を行う。水素雰囲気中では金属の疲労強度が大きく低下することは未だ世界的にも十分知られていない。この現象は水素用機器の長期間安全性に対して重大な影響を与えるにもかかわらず、設計者は現状ではこれらのことをあまり認識せずに性能のみを追及する設計を行っている。本研究では、従来の機器のギガサイクル疲労破壊問題の解明はもちろん、水素が直接影響する燃料電池システムの長期的安全の確保も最重要目的の一つとし、最適材料選択指針、長期間疲労強度設計指針を確立することを目指している。

(2)研究の進展状況及び成果の概要

 水素が金属疲労に及ぼす影響についての研究は世界的にも少なく、本研究チームの研究成果は数少ない貴重なものとして高い評価を受けている。これらの成果は最近の水素利用システムにおける実際的問題の解決にも生かされている。この1年間で特筆すべき成果は、次の8点である。

(1)ギガサイクル疲労機構への水素の関与が明確になり、疲労強度設計の基本手法を確立した。
(2)水素利用/燃料電池システムでは金属材料が直接水素に曝され、水素の金属疲労への関与はより直接的になる。この状態を模擬した、水素チャージ試験片を用いた疲労試験および水素ガス環境中での疲労試験により、結晶中のすべり変形の局在化が起こることが明らかになった。この現象は疲労き裂発生にも影響をもたらすが、き裂進展には特に著しい影響をもたらしき裂進展速度を高め、寿命を短くする。
(3)オーステナイト系ステンレス鋼では、水素の存在により繰返し変形中のマルテンサイト変態が促進され、き裂進展速度が加速される。
(4)フレッティング疲労では、超長寿命領域で水素ガス中の寿命は空気中より著しく短くなる。これは、水素の存在によって接触面の摩擦係数が上昇し、接線力が増加することが一因である。
(5)トリチウムオートラジオグラフィおよびイメージングプレート法を高強度鋼の超長寿命疲労破面に適用し、破壊起点となった非金属介在物周辺で局所的にフェライト母材が変形し導入された転位にトラップされている水素の可視化に成功した。
(6)微細バナジウム炭化物の析出と改良オースフォームの相乗効果により、高強度鋼の低寿命域~超長寿命域の疲労強度が改善される。
(7)強伸線パーライト鋼においてトラップエネルギーの大きい非拡散性水素は、応力誘起拡散や転位のdraggingmotionによっても運搬されない強固にトラップされた状態の水素である。

 ステンレス鋼SUS316LとNi基合金(Inconel625)への、高圧水素環境を模擬する電解水素チャージ条件の検討を行い、約1200MPaまでの水素ガス圧を模擬できるチャージ条件を見出した。

5.審査部会における所見

A(現行のまま推進すればよい)
 当初の研究目標である高強度鋼のギガサイクル疲労強度の研究から、現在、社会的要求の大きい燃料電池システム用材料の疲労強度に及ぼす水素の影響の研究にテーマのシフトが見られるが、技術的に重要な問題である金属疲労に対する水素の影響に関して、両研究とも進展している。また、金属材料の水素対策を考える上での実験データは蓄積されてきており、重要な知見も幾つか得られている。今後は、疲労の原子レベルでのメカニズム解明にさらに力を注いでいただきたい。

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研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年03月 --