生命秩序の膜インターフェイスを制御するソフトな分子間相互作用(阿久津 秀雄)

研究領域名

生命秩序の膜インターフェイスを制御するソフトな分子間相互作用

研究期間

平成15年度~平成20年度

領域代表者

阿久津 秀雄(大阪大学・蛋白質研究所・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 単細胞から多細胞生物に至るまで、生命秩序形成の要になるのはさまざまなレベルの秩序を繋ぐ生体膜インターフェイスである。このインターフェイスにおける機能メカニズムを理解する鍵はそれを制御するソフトな分子間相互作用の解明にある。構造生物学は安定な複合体形成を解析の対象として大きな成果をあげてきた。しかし、生体膜インターフェイスにおける情報や物質のベクトル的な動きは、インターフェイスの一方における分子やイオンの認識、それによる構造変化の誘起、それに基づく、膜を横断しての情報や物質の移動、反対側における新たな相互作用の成立と情報あるいは物質の受け渡しという一連の相互作用からなる。これらを支えるのはソフトな分子間相互作用である。第1に、これらは強固な相互作用に基づく安定な複合体の形成ではなく、次の変化への柔軟性を持っている。第2にこれら一連の過程は全体として一つの機能を持つようにプログラムされた相互作用である。本特定領域研究は構造生物学的立場に立って、膜インターフェイスにおけるシグナル伝達、物質輸送を中心とした生物現象を制御するソフトな分子間相互作用の役割を明らかにすることを目的とした。さらに、ソフトな相互作用を解析する新しい方法論の開発をも目的とした。この目的を達するために、構造生物学、バイオインフォマティクス、細胞生物学、分子生物学等、広い分野の研究者が密接に協力して研究を進めた。

(2)研究成果の概要

 本特定領域研究は「膜インタフェイスを制御するソフトな分子間相互作用」という新しいコンセプトを掲げて大きな成果をあげた。信号変換分野では、GPCR二量体形成の証明、リガンド結合によるシグナル伝達機構の構造的基盤の解明、更にその下流についての研究など、構造をベースに機能の理解が進んだ。さらに、ヒト細胞内でのタンパク質構相互作用を研究する方法論の開発、重要なシグナル伝達系であるユビキチン関連系でめざましい成果をあげた。物質輸送分野では、H+-ATP合成酵素、Ca2+ATPase、ミトコンドリア膜輸送装置についてはほぼ目標を達成する成果をあげ、それぞれの分野に大きく貢献した。大きな膜タンパク質を溶液と固体のNMRで研究する方法論は今までにない画期的なものである。膜タンパク質Mgトランスポーター、SecYEの構造決定等の優れた成果が出たが、分子シミュレーションは構造を機能解明へとつなげる上で威力を示した。研究法ではソフトな相互作用を解析する基盤技術の開発で大きな成果をあげた。NMR交差飽和法は巨大システムとの相互作用解析で世界標準となっている。この方法は創薬の基盤技術となる可能性も示されている。膜タンパク質の化学合成は実用段階に入り、既に成果もあがっている。これらを通して、膜インターフェイスにおけるシグナル伝達、物質・エネルギー移動ではソフトな相互作用が認識、制御、駆動において重要な役割を果たしていることが明らかになった。

審査部会における所見

A+ (研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

 本研究領域では、膜インターフェースにおける複合体形成機能、構造変化の誘起と新たな相互作用形成というプロセスを制御する分子間相互作用を、正確な相互認識と確実な機能の実現を可能とするソフトな分子間相互作用であると捉え、そのメカニズムの構造生物学的な立場からの解明を行った。中間評価の時点では、「ソフトな分子間相互作用」というコンセプトの具体化・鮮明化が求められたが、それを踏まえた研究期間後半では、その概念が実際の研究事例を通して具体化、明確化されたとともに、個々の研究課題について十分な研究成果が得られた。また、研究期間に新たな方法論が開発され、in vivoでのタンパク質の解析を可能とする迅速・高感度な測定法、交差飽和法によるタンパク質複合モデル作成法など、NMRの解析ツールとしての潜在的な能力を大きく引き出した点も評価できる。これらの技術は、広く応用が可能であり、基盤技術の発展に貢献した。今後、「ソフトな分子間相互作用」の解析によって明らかになった生物学上の課題を明確にし、構造解析から細胞機能に結びつく新たな展開を期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成22年01月 --