スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開(深尾 良夫)

研究領域名

スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開

研究期間

平成16年度~平成20年度

領域代表者

深尾 良夫(海洋研究開発機構・地球内部ダイナミクス領域・領域長)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 本特定領域研究は、プレート沈み込みに関わる「スタグナントスラブ」の概念をキーワードに、地球物理観測、超高圧地球科学、計算機科学の先端グループが結集し、5年間でマントルダイナミクス研究に新展開をもたらすことを目的に設定された。具体的には、(1) 極東ロシアとフィリピン海において地震・電磁気観測を実施して、カムチャッカからマリアナに至る沈み込み帯に沿ってスタグナントスラブの全貌を明らかにする。(2)スラブの滞留と崩落のメカニズムを高温高圧実験により明らかにする。(3)現実の地球に近いパラメータ空間・モデル空間で対流モデリングを行う。(1)-(3)を統合して、スタグナントスラブの滞留と崩落の物理を解明し、それがプレート運動史ひいては地球史に及ぼす影響を明らかにする。
 「スタグナントスラブ」は、その発見・一般的存在の検証・命名まで含め一貫して本研究領域参加者がリードしてきており、現在では、マントルダイナミクスにおけるその役割が注目されている。その理由は、単にそれがマントル遷移層において最も際立つ現象というだけでなく、マントル対流の非定常性と関わってプレート運動史を理解する一つの鍵と見られるからである。本研究領域は「スタグナントスラブ」の概念を独自の切り込み口とし、日本が世界に誇る観測・実験の研究手法と世界最速クラスの計算機を駆使して、マントル対流の全容に迫るものである。このアプローチは日本独自のものであり、一つの研究潮流にまで発展する可能性が高く、研究領域設定の意義は極めて大きい。

(2)研究成果の概要

 世界に前例のない時空間規模で海底地震・電磁気観測を実施した結果、カムチャツカから日本を経てマリアナに至る北西太平洋沈み込み帯において、スラブのマントル遷移層への滞留と下部マントルへの落下の過程の形態的全体像が従来にない解像度で明らかにされた。またスラブによって遷移層直上まで運び込まれる含水層が地震学的に初めてイメージされた。高温高圧実験に基づいてスラブの滞留と落下が関わる遷移層物質の弾性、レオロジー、電気伝導度、含水性、相転移パラメタなどが決定された。これらとリンクして遷移層の底の相転移面の凹凸が北西太平洋全域で地震学的に明らかになった。こうした観測研究と実験研究の成果を取り込んだ対流シミュレーションにより、スラブが遷移層に滞留し落下に到るメカニズムがリストアップされ、観測や実験結果と整合的なモデルとパラメタ範囲が絞り込まれた。マントルの底まで落下したスラブ物質と周囲物質の相平衡関係が明らかになり、それらを取り込んだマントル対流シミュレーションによりスラブの崩落がスーパープルームの発生ひいては地球史に果たす役割が示された。以上の成果を500編を超える欧文査読誌の論文として公表した。また、国際学会および国内学会等において800件を超える発表を行なった。さらに、国内および国際研究集会を合計5回主催したほか、3回の国際ワークショップを共催した。本年度中に本研究領域の成果をまとめ、国際誌「Physics of Earth Planetary Interior」の特集号を刊行する予定である。本年度開催予定のものも含め、3回の一般市民向け講演会も実施した。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は,地球内部に沈み込んだ海洋プレート(スラブ)が上部マントルと下部マントルの境界付近において、なぜ滞留し、なぜ崩落するのか、スラブの滞留と崩落によって何が生じるのか等の解明を目的に掲げたものである。世界に前例のない規模での海底地震・電磁気観測の実施、高温高圧実験に基づくマントル遷移層物質の物性測定、地球シミュレータを用いたマントル対流シミュレーションによるスラブの挙動の定量的理解、などの多角的アプローチによる研究を展開することによって多くの優れた研究成果をあげ、所期の設定目標を十分達成したと判断する。とりわけ、本研究領域によって、「スタグナントスラブ」という日本発の概念が世界的に定着し、マントルダイナミクスの理解が格段に進展したことは、当該研究分野へ大きく貢献し、また、異なる研究手法間の連携も効果的に行い、新しい研究スタイルを確立させたことも、高く評価できる。今後の更なる研究の進展を期待する。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成22年01月 --