有識者の講演1(東京会場)

(レジュメ)
文部科学省主催監事研修会
  平成27年10月29日 明治大学アカデミーホール
 愛知大学理事兼評議員(前常勤監事)酒井強次

1. はじめに

・ 企業⇒会計不正処理、販売不正等経営意識欠如の事案発生⇒コーポレート・ガバナンス(企業統治)の重要性、監視の強化(監査体制)の再認識
・ 大学⇒少子高齢化、グローバル化の進展等大学を取り巻く環境の厳しさ←科研費不正や経営者による経費不正使用等の問題事案発生⇒文部科学省が、科研費のチェックや大学のガバナンスに係る学校教育法等改正に関し監事の意見を聞く動き⇒大学として監事の立場の認識をせざるを得ない状況←大学における監事の立場=軽い扱い?
・ 監事の常勤・非常勤の勤務体制、報酬の有無、内部監査体制の有無、大学における監査への認識・協力度等により、実際の監査は各大学において様々⇒監事の責任論のみ大きく問われることの疑問

2.愛知大学の状況と監事就任

(1) 本学の歴史
・ 愛知大学は、1901(明治34)年、中国の上海に設立された「東亜同文書院(後に大学)」を源流⇒敗戦により東亜同文書院大学は中国に接収
・ 同大学の最後の学長本間喜一⇒終戦直後1946(昭和21)年、中部地区唯一の旧制法文系大学として、愛知県豊橋市に設立
・ 名古屋キャンパス(名古屋駅南隣)、豊橋キャンパス、車道キャンパス(名古屋市東区)の3キャンパス体制=7学部と短期大学部、6研究科からなる大学院、法科大学院を擁する法文系綜合大学(1万人強の学生が在籍)
・ 建学の精神 a.世界文化と平和への貢献 b.国際的教養と視野をもった人材の育成 c.地域社会への貢献

(2) 本学の監査体制の歴史と自身の関与
a. 2004年の私学法改正以前
・ 監事監査:学校法人の財産の状況・理事の業務執行の状況
・ 非常勤監事2名体制。年3~4回開催の理事会・評議員会に出席するのみで、名誉職的な色彩が強い

b. 私学法の改正後
・ 監事監査:学校法人の教学面(高等教育の質の保証の確保。「個々の教員の教育研究内容については監査の対象としない」)を含む全ての業務の状況・財産状況の監査
・ 法改正を受け、2005年に寄附行為を改正(理事会や監事の機能強化が盛り込まれ、監事も3名まで設置可となる。任期は3年)
・ 2005年に内部監査人1名を配置(当初は「内部監査規程」制定せず)
・ 2006年に「監事監査規程」を制定
・ 2006年度に財団法人の理事長と兼ねて非常勤監事として就任⇒翌2007年4月から財団を退任し、愛知大学常勤監事に(週5日勤務)
・ 常勤1名・非常勤2名の体制は、現在に至るも貫かれている
・ 日本私立大学連盟(私大連)の監事会議における直近のアンケート調査:
 回答した102法人全体で、常勤を置く法人は23法人と、まだまだ少ない
 但し、常勤(週1~5日程度)・非常勤(年間10日~50日以上)の勤務形態は様々⇒監事全員常勤化(週1~2日勤務)とする方法もありか

c.  内部監査体制
・ 内部監査:理事長の命を受け、理事会が決めた方針や方策通りに業務・予算が適正・妥当に執行されているかを、理事長に代わって監査
・ 1970年から経常費補助金交付⇒翌1971年に学校法人会計基準が制定されたことに伴い、「経理規程」に内部監査の規定を盛り込み
・ 以前は、評議会(学内機関)に、内部監査のための監査委員制度を設置(教員2名からなる監査委員、適宜監査項目を選定)⇒効果が発揮されず、評議会に代わって設置された大学評議会では、監査委員制度は盛り込まれず自然廃止
・ 2004年度文科省の指導⇒科研費補助金内部監査委員を設置(大学評議会選出の教員1名、事務局課長会議選出の職員1名、計2名、科研費の内部監査)(2010年内部監査規程が制定されるまで続く)
・ 2005年に内部監査人1名を配置(2010年まで「内部監査規程」未制定)
⇒当時、本学の監査体制は事務職員のみで内部監査を実施するにはまだ機が熟していないとして、内部監査人が補助する形で監事による監査を優先
・ 2010年「内部監査規程」制定
・ 2012年度に内部監査室として室長1名、職員1名、計2名体制⇒完全に独立した形で内部監査を実施、現在に至る
・ 私大連の監事会議における直近のアンケート調査
 回答した102法人全体では、内部監査機能を置く法人は76法人と、多くの法人に設置
・ 理事長に代わって監査する内部監査機構は、内部統制上また監事監査の支援体制としても必ず設置すべき

3.  本学の監事監査の実践

(1) 監事監査計画書
・ 内部監査人や監査法人と打合せの上策定⇒前年度の監事監査意見書・監事監査報告書と共に、理事会・評議員会に報告⇒その後、教授会や課長会議等を通じ学内周知=学内くまなく周知することが重要
・ 2008年度から、課室や研究機関等付属機関について予め5年間の監査計画を策定し、関係機関に事前に提示
・ 2013年度からは、大学のグローバル化など教学面を含む業務内容を中心に3年間程度の監査計画を策定(業務内容は、私大連が発行する「私立大学の明日の発展のために~監事の役割の再認識」に掲載の監事監査の手引きを参考)
・ 監査計画には、その他、フォローアップ監査、主要会議への出席、中長期計画や各年度の事業計画・事業報告確認、内部監査報告の中での監事関心事項、予算・決算報告の確認を含む会計監査等、臨時監査等を盛り込む
・ 「監事監査マニュアル」(監査の具体的手順)、「監事監査チェックリスト」(実施する監査の自己審査活用)の策定⇒監事が監査を実施する際のツール⇒毎年度当初に示しておくことにより教職員の監査に対する意識が高まる

(2) 監査の実施
a. 主要会議への出席、議事録の確認
・ 主要な会議への出席、議事録の閲覧は重要な監査業務の一環
・ 「理事会・評議員会」の他、「常任理事会」、「学内理事会」、「大学評議会」への出席(当初は反対あり)⇒教授会、一部の委員会と出席の幅が広がり、現在は自由に出席可
・ 非常勤で、主要会議への出席が難しい場合は、議事録の閲覧確認が有効
・ ガバナンス面では、委員会に出席。ガバナンス委員会報告書、監事監査意見書等によりガバナンス面の改革(理事会 年3~4回→原則月1回開催、職務権限基準の改正等)

b. 業務・会計等監査の実施
・ 年度当初に、監査対象機関等に対し「年間監査スケジュール」を提示⇒状況により過去5年間程度の業務執行状況など、事前に資料を要求
・ 関係委員会の動向(特に教学面)確認⇒ヒアリングの他、議事録の閲覧確認により、事業内容がかなり把握可能
・ 教学面監査に「自己点検・評価報告書」は大いに効果(非常勤監事の方も、この確認であれば書面で行える)

c. 監査調書
・ 監査を行った結果⇒対象事業・対象機関の監査が終了した都度、「監査調書」を作成⇒関係者(機関)に提示=教職員が指摘或は指導事項について共通した認識を持つ上から重要

d. 監事監査意見書
・ 年間の監査が終了した時点で「監事監査意見書」を作成(監事監査計画書で示した、教学を含む業務監査、フォローアップ監査、事業計画・事業報告の確認、内部監査事項のうち監事関心事項、会計等監査、その他臨時監査等、その年度に行った監事監査全てについて、指摘・留意あるいは要望事項等をまとめたもの)⇒「監事監査報告書」作成に当たっての根拠資料
・ 監事監査意見書(本編及び概要版)⇒理事会・評議員会に報告
・ 報告後、教授会、課長会議等でその概要が報告される

e. 監事監査報告書
・ 「監事監査意見書」をまとめた上で、監査法人と最終的な意見交換を行い、「監事監査報告書」(基本的にA4版1枚)を作成
・ 監事監査報告書⇒決算報告を行う理事会・評議員会に報告

f. フォローアップ管理
・ 監査結果のフォローアップ管理が一番重要⇒監査で指摘や要望を行っても、その進行管理がなされなければ、監査を行う意味がない⇒できる事項については「実施時期の目途」を、できない事項については「できない理由」を明示させ、理事会等で、その進行管理状況を確認=これが一番重要(監査のPDCA

(3) 監事間の連携、内部監査人・監査法人等との意見交換
・ 監事間の連携確認⇒間違った認識を持って指摘等をしないためにも、非常に重要
・ 内部監査人との連携⇒本学の内部監査規程が監事監査規程に遅れて制定された経過、監事監査規程の中に監事監査に当たって内部監査人の補助が規定されていることから、強い連携体制
・ 監査法人(会計監査人)による監査(「私立学校振興助成法」に基づき、主に適法性の視点から行われる外部監査)との連携⇒1 年に数回、内部監査人と共に意見交換の会議 2 監査法人から理事長に提出される「マネジメントレター」の報告時に、常勤・非常勤監事3人、内部監査人も立会い、意見交換 3 会計監査人の監査への監事立会い=本学では実施できていない

4. 監事を経験して思ったこと

(1) 人生いろいろ
・ 監査になってみると、ほんの一部にしろ変な輩がいるもんだと感ずる。きちんとやればやるほど、色々な問題が浮かび上がってくる
・ 監事は、未然防止が主で暴くことが本来ではないが、判明すれば蓋をして置くわけにはいかない。つくづく監事は因果な仕事だ

(2) 地球は青かった
・ 国際的あるいは国の動向、大学=建学の精神、3つのポリシー等大学の教学方針、中長期計画、毎年度の事業計画・事業報告、予算・決算、自己点検評価報告書等⇒その一つひとつを見ても、必ずしも総合的に問題点が浮かび上がって来る訳ではない⇒宇宙から地球を俯瞰して「地球は青かった」というように、全体を大きく俯瞰して見ることが必要

(3) 現場百辺
・ 監査に当たっては、資料確認と共に現場関係者と直接会って、粘り強く意見交換をすることが重要。現場の状況を直接確認することにより、現場の実態が明確に把握でき、的確な指導、助言や指摘ができる
・ 「現場を知らずして監査はできず、改革はできず」、やはり現場百辺

(4) 複合汚染を探せ
・ 監査をする際、単一費目を見ても中々分からない場合がある。旅費、タクシー使用料等、個別に見ればそれぞれ問題なさそうに見えるが、この両科目をつき合わせて見ると、問題点が浮かび上がる
・ アラを探すのが監事の仕事ではないが、見逃すことができないのも監事。「複合汚染を探せ」は、監査の一つの見方

(5) 歴史は繰り返す
・ フォローアップ監査は重要である。一度監査をしても、きちんとそのフォローがされていないと、歴史は必ず繰り返される
・ 監査で指摘や要望を行った事項は、毎年度理事会等に対し、その進行管理を報告してもらい、「監査のPDCA」を回転させて行くことが重要

(6) 世の中の常識・組織の常識
・ 池井戸潤の小説「ロスジェネ」 何の信念を持って仕事をするか⇒「仕事とは、世の中の常識と組織の常識を一致させることさ」
・ 監事の仕事も同様⇒社会の常識と大学の常識を一致させること

(7) 月光仮面は正義の味方だ、いい人だ
・ 「月光仮面のおじさんは、正義の味方よ、よい人よ」
・ 教職員や学生と頻繁に会い、色々と意見交換するうちに人間関係ができ、信頼関係ができる。心地よい緊張の中の心地よいふれあいの関係
・ 監事は当然厳しさが必要であるが、一面「監事は正義の味方だ、よい人だ」と思われることが、情報を取りやすくし、監査をやりやすくする

5. 我が人生の指針「上杉鷹山」(童門冬二「上杉鷹山」藤沢周平「漆の実のみのる国」等多くの書籍で紹介)

・ 上杉鷹山を巡る名言
 「受け次いで 国のつかさの 身となれば 忘るまじきは 民の父母」
 「勇なるかな勇なるかな 勇にあらずして何をもって行なわんや」
 「なせば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり
 「春を得て 花すり衣重ぬとも わが故郷の 寒さ忘るな」 等
・ 江戸時代中期、財政難に陥っていた上杉謙信を祖とする上杉家(米沢藩)に養子に入り、厳しい改革(上からのみの改革でなく、下を巻き込んだ改革)により藩財政を立て直した名君
・ 鷹山が点した改革の灯火
 鷹山が江戸から始めて米沢に入国途中、野宿。煙草盆の冷えた灰をキセルで何気なくかき回す→灰の中に微かな残り火を見つけ、新しい炭を近づけキセルで風を吹き続ける→新しい火が起こった⇒集めた藩士に「残った火種が、新しい火を起こす。皆で心の火種を起こそうじゃないか」
・ 鷹山は民の父母になって藩を治めようとの決意→倹約令、藩士の給料のカット、地場産業育成等次々と改革=鷹山自身も一汁一菜・粗食に耐え、領民と苦楽を共にする等、理屈より率先垂範・実践重視の姿勢を取り続け、改革を成功⇒今日の米沢地方の地場産業のもとを形成

6. まとめ

・ 大学は今「change or die(改革か死か)」
 変革しなければ生き残れない厳しい時代に突入。各大学がこの厳しい時代の嵐の中を生き抜くには、厳しい改革・厳しいチェックを続けて行くしかない
・  改革というより革命⇒「監事は大学革命の旗手である」

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-- 登録:平成27年12月 --