掲載日:2026年1月30日
2025年のノーベル賞は、2人の日本の研究者が受賞しました。今回は、在スウェーデン日本国大使館で、科学技術・イノベーションとビジネスを担当する森祐介一等書記官・経済班長が、グローバルで高い競争力を誇るノーベル賞の国スウェーデンについてご紹介します。
Two Japanese researchers were awarded with the Nobel Prizes in 2025. Dr. Yusuke Mori, First Secretary and Head of the Economic Section, who is responsible on Science, Technology, and Innovation, and Business Affairs, introduces Sweden, the country of the Nobel.
「スウェーデン王立科学アカデミーは、2025年のノーベル化学賞を、金属有機構造体を開発した、京都大学の北川進、~(中略)~に授与することを決定しました。」
10月8日、アカデミーの会議室で、スマホで動画を撮りながらそのアナウンスを聞いていた私の手は震えました。既に前々日に生理学・医学賞が大阪大学の坂口志文教授に授与されることが発表されており、この年2人目の日本の受賞者が決まった瞬間でした。
発表会場には事前に登録した記者のみが入場を許可されるのですが、親しいスウェーデン人教授が、特別に傍聴できるよう調整してくださいました。実は、発表が始まる少し前から、選考委員が座るテーブルの上に黒い布で覆われた箱が置かれていました。私はその写真を撮り、何人かの文部科学省職員に「中身は金属有機構造体の分子模型では」と、半分冗談、半分本気でメッセージをしていたのですが、まさか当たってしまい、その点でも震えました。
スウェーデン人はよく、自らの国のことを「資源に乏しい小さな国」と評します。そして、そのような国だからこそ、「科学技術や人材育成への投資が重要」と強調します。スウェーデンが「小さい国」というのは、地図のメルカトル図法で大きく引き伸ばされた高緯度地帯としてのスウェーデンを見慣れている多くの日本人にとっては、違和感のある表現かもしれません。しかしながら、数字で見てみると、人口は1,050万人(日本の12分の1)、面積は45万キロ平米(日本の1.2倍)、GDPは6,000億米ドル(日本の7分の1)と、確かに大きい国ではありません。資源も、古くからの重要な産業である鉄鉱石と木材を除いては、恵まれているとは言えません。
そのようなスウェーデンですが、実に多くの発明を産み出しています。一例を挙げると、マッチ、摂氏温度計、ペースメーカー、ジッパー、3点式シートベルト、コンピューターマウス、ブルートゥースなど、今でも我々の生活には欠かせないものばかりです。冒頭のノーベル賞が誕生するきっかけとなったのも、スウェーデン人発明家・実業家、アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの開発によるものです。
そして、スウェーデン発企業のグローバルでの活躍も目立っています。アストラゼネカ(製薬)、ボルボ(輸送機器)、エリクソン(通信)、ABB(電機)、サーブ(防衛)、H&M(衣類)、イケア(家具)、Spotify(エンタメ)、Mojang(ゲーム)と、あらゆる産業分野で世界のキープレーヤーがいるのが特徴です。
こうして、世界のイノベーション力ランキング(世界知的財産権所有機関)でもトップ3の常連国(2024年は2位)となっています。
ではなぜ、スウェーデンは「小さい国」でありながら世界で高い競争力を維持できているのでしょうか。本コラムでは到底書き尽くせませんが、私は3つの要因があると考えています。
1つ目は、失敗を恐れない文化です。スウェーデンの現在の失業率は約8%と、日本の2%と比較して高い数字になっています。これは、仕事が不足しているからではありません。むしろ労働力は不足しています。ではなぜか。年代を問わず、転職したり、起業したり、学校に入り直したりすることが奨励されています。その結果、失業率は高くなりますが、無職の間は厚い社会保障制度によって生活が守られ、安心して新しいチャレンジをすることができます。学校の授業料も大学院まで全て無償で、博士課程の学生は完全に雇用され、給与が支払われます。
2つ目は、ジェンダー平等です。20世紀初頭には労働人口の増加を主目的として、同半ば頃からは女性の権利保障の文脈で女性の労働が推進されてきました。現在はジェンダー平等で世界をリードする国となっています(世界経済フォーラムジェンダーギャップ指数ランキングで2025年は6位。日本は118位。)。そのことのためだけに推進されるべきものではありませんが、女性の活躍は労働生産性の向上に優位に寄与することや、多様な視座がイノベーションに好影響をもたらすこと等が報告されています。私は仕事柄、工場を視察することも多いのですが、どのような業界でも女性の従業員が多く働いています。「テクノロジーの進歩によって女性も働きやすくなっているし、結果として性別問わず全ての人にとって優しい現場になるんだ。」という、ある管理職の方の言葉が印象的でした。
私ごとながら、昨年から妻が仕事の関係で日本とスウェーデンとの間を行き来しており、月の半分以上は娘たちと3人で過ごしています。しかし、スウェーデンでそのことを言っても大して驚かれず、ジェンダー平等を自分自身で実感しています。
そして3つ目は、ソフトパワーとしてのノーベル賞の活用です。ノーベル賞授賞式はノーベルの命日である12月10日で、その前後1週間は「ノーベル・ウィーク」としてスウェーデン国内で様々な行事が実施されます。中でも、受賞者によるレクチャーは全ての市民に開かれており、誰でも聴講することができます。2人の日本の受賞者も、大学、高校で複数回の講演を行いました。ノーベル賞博物館等では連日、関連のイベントが開催されます。また、首都ストックホルムの街中は、受賞テーマに合わせた光の芸術作品で彩られ、科学に直接関心がない人も、自然に楽しめるような仕掛けが施されています。ノーベル・ウィークだけではありません。生理学・医学賞を授与するカロリンスカ研究所、物理学賞、化学賞、経済学賞を授与するスウェーデン王立科学アカデミーは、年間を通して世界トップクラスの研究者を招いたセミナーを実施しており、その多くは一般人も参加可能です。これらのセミナーで講演することが将来的にノーベル賞の受賞につながるというような簡単なものではないでしょうが、ノーベル賞の授与機関からの登壇の依頼を断る研究者はどれだけいらっしゃるでしょうか。このような「知の刺激」に溢れる環境が、次世代の研究者やイノベーターを育んでいると思わずにはいられません。ちなみにノーベル財団の会長もCEOも女性、カロリンスカ研究所の所長も女性、スウェーデン王立科学アカデミーの事務局長も女性です。
日本とスウェーデンは、研究でもビジネスでも長年の連携の実績があり、多くの共同プロジェクトが現在進行形で動いています。2023年夏に赴任してからの2年間半で、クリステション首相と石破総理の首脳会談、大阪万博への国王陛下・複数の閣僚の参加、経済産業省間の覚書、日本の研究者100人が参加するスウェーデン北部での大型シンポジウムなど、数多くのことに関わらせていただきました。中でも印象に残っているのは、昨年、スウェーデンのアルツハイマー財団、カロリンスカ研究所、大使館の共催で、シルヴィア王妃陛下の御臨席のもと、アルツハイマー研究に関する合同セミナーを私のイニシアティブで開催したことです。国立精神・神経医療研究センターの岩坪威教授を日本側講演者として招聘し、スウェーデン側からは、カロリンスカ研究所からの講演者に加え、ウプサラ大学発の製薬スタートアップで、アルツハイマー病に対する抗体治療薬を日本のエーザイと共同開発するBioArcticのCEOに講演いただきました。様々な方々のご協力により、ゼロベースでの着想からわずか5か月で実現させることができ、イベントとしても大成功だったのではないかと自負しています。王妃陛下が大使館の行事で、自らのお言葉でスピーチされたことも、歴史に残る重要な出来事だったとの評価も内外からいただきました。
来たる2月には、日本から70名を超えるビジネスミッションがスウェーデンに来られます。主担当としてその受け入れ準備で大忙しですが、一面の雪景色に癒されながら楽しくやっています。
いち大使館員として、スウェーデンから学びつつ、両国の協力がさらに発展するよう、微力ながらこれからも尽力したいと思います。
ノーベル生理学・医学賞を受賞された大阪大学・坂口志文先生と、カロリンスカ研究所での祝賀レセプションにて(左:筆者/2025年12月)
ノーベル化学賞を受賞された京都大学・北川進先生と、受賞者が宿泊するグランドホテルにて(2025年12月)
2024年のノーベル賞授賞式に参加(2024年12月)
沖大幹東京大学教授の、水分野のノーベル賞とも呼ばれるストックホルム水大賞の授賞式に参加(2024年8月)
日本のSPring-8やNanoTerasuとも連携する、スウェーデンの大型放射光施設MAX IVを衆議院・文部科学委員会がご視察された際、以前にお仕えした永岡桂子元文科大臣、中村裕之現文部科学副大臣と再会(2024年8月)
額賀福志郎前衆議院議長をノーベル賞博物館にご案内し、日本の受賞者の寄贈品をご説明(2025年7月)
シルヴィア王妃陛下の御臨席のもと、大使公邸でのアルツハイマー研究に関するセミナーを開催(2025年10月)
日本の原発立地地域の高校生と、地下500メートルの原子力関連研究施設を訪問(2023年8月)
スウェーデンの女子アイスホッケー・トップリーグ所属選手で、ミラノ・コルティナ冬季五輪にも出場する日本代表の床姉妹と(2024年1月)
文部科学省大臣官房総務課広報室