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宇宙開発利用

1993年(平成5年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 4.H-Ⅱロケットの運用を開始し8号機打上げ失敗(~平成11年)

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1993年(平成5年)2月5日

ロシア宇宙庁が2000年までの宇宙開発計画を発表

1993年(平成5年)2月20日

宇宙科学研究所、M-3SⅡロケット7号機により、X線天文衛星「あすか」(ASTRO-D)を打上げ

1993年(平成5年)2月

クリントン大統領は議会で、宇宙ステーション計画の大幅縮小を打ち出した。ここに、宇宙ステーション計画のさらなる設計見直しをリデザイン(Redesign)と称して、米国航空宇宙局ゴールディン長官の下、今までの設計とは大きく異なる設計案も含めた技術検討を行うこととなった。

1993年(平成5年)3月

宇宙ステーション計画の設計見直し(リデザイン)作業が開始。日本も見直し検討チーム(RedesignTeam)に参加

1993年(平成5年)6月15日

ロシアはインドへの液体水素エンジンの技術供与を中止

1993年(平成5年)6月21日
~7月1日

スペースシャトル「エンデバー号」により、商業宇宙実験室「SPACEHUB」の初めての運用と、欧州宇宙機関の無人フリーフライヤー「EURECA」の回収を実施

1993年(平成5年)6月

クリントン大統領は宇宙ステーションに係わる大統領諮問委員会(Blue Ribbon Panel)の答申を受けて、新コンフィギュレーションを選定した。これを宇宙ステーションアルファと称し、米国航空宇宙局はこの新しい計画への移行計画を9月までに提出することとされた。

1993年(平成5年)7月7日

ロシアのNPOエネルギアと欧州宇宙機関、ミールでの欧州宇宙機関宇宙飛行士による宇宙実験契約を締結

1993年(平成5年)8月18日

米国の完全再使用型単段式打上げロケット「デルタクリッパ(DC-X)」、初飛行(ホバーリング)に成功

1993年(平成5年)8月21日

米国の火星探査機「マーズ・オブザーバ」通信途絶

1993年(平成5年)9月2日

ゴア副大統領とチェルノムイルジン首相(ロシア)が、宇宙ステーション計画に関する将来的なロシア参加を視野に入れた米口間の宇宙分野における協力に関する共同声明を発表

1993年(平成5年)9月9日~10日

第1回アジア太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)を東京にて開催(以降2010年(平成22年)1月まで計16回開催)

1993年(平成5年)10月8日~11日

宇宙開発事業団、固体ロケットモータ衝突試験を北海道苫小牧市東部工業基地で実施

1993年(平成5年)10月13日

日本とロシア、宇宙空間の平和利用に関する協定を締結

1993年(平成5年)10月16日

「宇宙ステーション計画に関する多国間調整会議」がパリにて開催。日、欧、加の各国政府代表は米国が提出したロシア参加について承認。「宇宙ステーション計画の参加国政府は共同で、ロシアに対し国際宇宙ステーション計画参加を招請する」旨の共同声明を発表

1993年(平成5年)10月20日

宇宙開発委員会、「長期ビジョン懇談会」の設置を決定

1993年(平成5年)11月16日

地球観測衛星委員会(CEOS)本会議開催(筑波宇宙センター)

1993年(平成5年)11月18日

宇宙開発事業団、航空宇宙技術研究所によるHOPE(H-2 Orbiting Plane: H-Ⅱロケット打上げ型有翼回収機)研究共同チーム技術開発室開設

1993年(平成5年)12月1日

宇宙開発委員会、日米欧加の4極による宇宙ステーション計画へのロシア参加を妥当とする旨の見解を発表

1993年(平成5年)12月6日

宇宙ステーションに関する4極(日米欧加)の政府間協議開催、ロシアに対する参加招請を正式決定

1993年(平成5年)12月8日

米国軍事用航法システム「GPS」の民生利用、正式に開始

1993年(平成5年)12月10日

宇宙開発事業団、ボン派遣員事務所開所

1993年(平成5年)12月13日~15日

宇宙開発事業団/フランス国立宇宙研究センター会合開催(パリ)

1993年(平成5年)12月29日

ロシアとカザフスタン、チュラタム(バイコヌール)射場のリース協定に同意

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --