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宇宙開発利用

1992年(平成4年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 4.H-Ⅱロケットの運用を開始し8号機打上げ失敗(~平成11年)

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1992年(平成4年)1月22日~31日

スペースシャトル「ディスカバリー号」によりIML-1(国際微小重力実験)を実施、日本は2つの実験機器を提供し参加  

1992年(平成4年)1月30日

宇宙基地協力協定、日米間で発効

1992年(平成4年)1月~3月

JEM各部システム開発企業において基本設計審査(PDR: Preliminary Design Review)を実施

1992年(平成4年)2月8日

欧州宇宙機関のユリシーズ(太陽観測機)、木星に接近し観測(5機目の木星遭遇機)

1992年(平成4年)2月11日

宇宙開発事業団、H-Ⅰロケット最終号機(9号機)により、地球資源衛星1号「ふよう1号」(JERS-1)を打上げ

1992年(平成4年)2月26日

アリアン4ロケットにより、スーパーバード-B1(宇宙通信株式会社)を打上げ(アラブサット-1Cとの同時打上げ)

1992年(平成4年)2月27日

ロシアのエリツィン大統領、ロシア宇宙庁(RSA)の設立に関する布告に署名し、初代長官にコプチェフを任命

1992年(平成4年)3月23日~24日

プレ・アジア太平洋国際宇宙年会議の開催

1992年(平成4年)3月24日

宇宙科学研究所、スペースシャトル「アトランティス号」のATLAS-1ミッション(地球大気・太陽エネルギー紫外線の観測)に参加し、粒子加速器により、実験を実施(SEPAC)

1992年(平成4年)3月25日

宇宙開発委員会、「宇宙開発計画」を改訂

1992年(平成4年)4月

欧州宇宙機関および欧州諸国の企業、ロシア宇宙庁の紹介により、へルメス往還機関連を中心に宇宙開発全般に亘る50件以上の契約をロシア企業と締結

1992年(平成4年)4月28日

宇宙開発事業団、宇宙飛行士候補1名(若田光一)を決定

1992年(平成4年)4月~7月

JEM各部システム開発企業における基本設計審査の結果を踏まえ、宇宙開発事業団としてのJEMの基本設計審査(PDR)を実施。これには米国航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)、カナダ宇宙庁(CSA)も参加した。

1992年(平成4年)5月7日

スペースシャトル「エンデバー号」初飛行

1992年(平成4年)6月17日

宇宙開発委員会、「宇宙往還輸送システム懇談会」の設置を決定

1992年(平成4年)6月17日

米国のブッシュ大統領とロシアのエリツィン大統領、宇宙協力に関する共同声明を発表し、宇宙協力協定の締結と3分野にいたる合意事項を明らかにした

1992年(平成4年)7月24日

宇宙科学研究所、デルタ2ロケットにより、日米共同の磁気圏尾部観測衛星「ジオテイル」(GEOTAIL)を打上げ

1992年(平成4年)7月31日

スペースシャトル「アトランティス号」により、欧州宇宙機関の無人フリーフライヤー「EURECA」を放出

1992年(平成4年)8月11日

アリアンロケットにより、海面高度計を搭載した米仏共同の地球観測衛星「トペックス/ポセイドン」を打上げ

1992年(平成4年)9月11日

アリアンロケットにより、スペイン初の通信衛星「ヒスパサット1A」を打上げ

1992年(平成4年)9月12日~20日

スペースシャトル「エンデバー号」により、第一次材料実験(FMPT)「ふわっと’92」を実施。毛利衛宇宙飛行士が搭乗(9月12日を「宇宙の日」と命名)

1992年(平成4年)10月5日

米国航空宇宙局とロシア宇宙庁、有人宇宙飛行および火星探査の分野における協力協定を締結

1992年(平成4年)10月12日

欧州宇宙機関とロシア宇宙庁、宇宙協力に関する共同声明を発表

1992年(平成4年)11月6日~20日

国際宇宙年(ISY)にちなみアジア太平洋国際宇宙年会議(APIC)開催(東京)

1992年(平成4年)11月9日

欧州宇宙機関閣僚級理事会開催(グラナーダ)。ミュンへン会議の決定を見直し、イタリアなどの急激な為替変動による集金能カの低下を踏まえて長期計画の見直しを行い、予算の下方修正と計画の先送りを決定

1992年(平成4年)12月4日

第7回日米常設幹部連絡会議(SSLG)開催(ワシントン)

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --