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宇宙開発利用

1988年(昭和63年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 3.昭和の終わりまで(~昭和63年)

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1988年(昭和63年)1月~
1989年(平成元年)1月

宇宙ステーションに関し、米国航空宇宙局における基本設計体制確立のための準備作業に対応して、JEM設計の更新を行った

1988年(昭和63年)2月11日

レーガン大統領、新国家宇宙政策を発表

1988年(昭和63年)2月19日

宇宙開発事業団、H-Ⅰロケット(3段式)3号機により、通信衛星3号「さくら3号-a」(CS-3a)を打上げ

1988年(昭和63年)3月11日

宇宙開発委員会、「宇宙開発計画」を改訂

1988年(昭和63年)3月

宇宙ステーションの予備設計に係わる了解覚書(MOU)の有効期限が切れたことから、1990年(平成2年)5月までMOUを延長し、宇宙ステーション本体とのインタフェース要求を設定するための設計検討を実施した

1988年(昭和63年)4月14日

ソ連、フォトン(材料実験衛星)を打上げ

1988年(昭和63年)6月1日

米ソ首脳会談で米ソ宇宙協力協定拡大に合意

1988年(昭和63年)6月15日

アリアンロケット(Ⅳ型の初飛行)により、米国民間国際通信衛星「PAS-1」、欧州気象衛星「メテオサットP2」、西独アマチュア衛星「アムサットP3C」を打上げ

1988年(昭和63年)7月18日

レーガン大統領、宇宙ステーションを「フリーダム」と命名

1988年(昭和63年)8月25日

イタリア宇宙機関(ASI)発足

1988年(昭和63年)9月5日

米国、タイタン2ロケット(初打上げ)で軍事ペイロード打上げ

1988年(昭和63年)9月7日

中国、初の極軌道気象衛星(FY-1)を長征4号の初飛行で打上げ

1988年(昭和63年)9月9日

米国政府、米国製衛星の中国ロケットでの打上げを承認

1988年(昭和63年)9月16日

宇宙開発事業団、H-Ⅰロケット(3段式)4号機により、通信衛星3号「さくら3号-b」(CS-3b)を打上げ

1988年(昭和63年)9月19日

イスラエル、初の人工衛星打上げに成功(8番目の自力での衛星打上げ国)

1988年(昭和63年)9月29日

スペースシャトル(ディスカバリー号)飛行再開(1986年(昭和61年)1月28日のチャレンジャー号爆発事故以来、21ケ月ぶり)。追跡・データ中継衛星(TDRS-C)を打上げ

1988年(昭和63年)9月30日

「常時有人の民生用宇宙基地の詳細設計、開発、運用及び利用における協力に関するアメリカ合衆国政府、欧州宇宙機関の加盟国政府、日本国政府及びカナダ政府の間の協定(IGA)」(宇宙基地協力協定)がワシントンにおいて調印

1988年(昭和63年)10月1日

ソ連原子力衛星コスモス1900(1987年(昭和62年)12月12日打上げ)、原子炉部を高高度に打上げ後大気圏に再突入

1988年(昭和63年)11月15日

ソ連初のスペースシャトル「ブラン」、エネルギアにより打上げ(無人飛行で地球を2周して着陸)

1988年(昭和63年)12月10日

アリアンロケットにより、英軍事通信衛星「スカイネット4B」とルクセンブルク初の直接放送衛星「アストラIA」打上げ

1988年(昭和63年)12月21日

366日の宇宙滞在を樹立したチトフ、マナロフ宇宙飛行士が帰還

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --