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宇宙開発利用

1986年(昭和61年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 3.昭和の終わりまで(~昭和63年)

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1986年(昭和61年)1月

宇宙ステーション取付型日本実験モジュール(JEM: Japanese Experiment Module)に関する予備設計について、中間要求審査(JIRR)を開催

1986年(昭和61年)1月28日

スペースシャトル、第25回飛行(チャレンジャー号)失敗。乗組員7人死亡、シャトル・オービタ喪失

1986年(昭和61年)2月3日

チャレンジャー事故大統領調査委員会設置

1986年(昭和61年)2月12日

宇宙開発事業団、N-Ⅱロケット8号機により、放送衛星2号「ゆり2号-b」(BS-2b)を打上げ

1986年(昭和61年)2月20日

ミール(ソ連の新宇宙ステーション)打上げ

1986年(昭和61年)2月22日

アリアンロケットにより、フランスの地球観測衛星SPOTおよび、スウェーデン初の科学衛星バイキングを打上げ

1986年(昭和61年)3月

米国政府の指示により、米国航空宇宙局は増加した資金に対し、縮小した宇宙ステーションプログラムの資金に対応したシステム要求に見直すためのシステム要求審査を実施。一方チャレンジャー号事故の結果を宇宙ステーション計画に反映する勧告が出され、米国航空宇宙局の組織体制を変更し、プログラム全体のとりまとめ(以下、レベルⅡと称する)をジョンソン宇宙センターからワシントンDC郊外のバージニア州レストン地区に移した。

1986年(昭和61年)3月12日

宇宙開発委員会「宇宙開発計画」を改訂

1986年(昭和61年)4月

JEMに関するシステム要求審査(JSRR)と中間システム審査(その1)(JISR#1)を開催して、システム構成とシステム要求の更新を行った。

1986年(昭和61年)5月

米国航空宇宙局ジョンソン宇宙センターにおいて中間システム審査会(ISR)が開催され、電力系や熱制御系などのインタフェース上の不整合が大きな対立課題として残った。

1986年(昭和61年)6月9日

チャレンジャー号事故大統領調査委員会、調査報告書を提出

1986年(昭和61年)6月26日

第4回日米常設幹部連絡会議(SSLG)開催(ワシントン)

1986年(昭和61年)7月

宇宙開発委員会、宇宙基地特別部会より「中間報告」が出され、日本の宇宙基地計画参加に際しての基本的な考え方が再確認された

1986年(昭和61年)8月13日

宇宙開発事業団、H-Ⅰロケット(2段式)初号機により、測地実験衛星「あじさい」(EGS)磁気軸受フライホイール実験装置「じんだい」(MABES)アマチュア衛星「ふじ」(JAS-1)を打上げ

1986年(昭和61年)10月6日

中国、回収型資源/偵察衛星を打上げ

1986年(昭和61年)11月12日

宇宙開発委員会「放送衛星対策特別委員会」を廃止

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --