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宇宙開発利用

1982年(昭和57年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 3.昭和の終わりまで(~昭和63年)

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1982年(昭和57年)3月

郵政省から電電公社の10~20万回線の容量を持つ2トンクラスの通信衛星の要望が宇宙開発委員会に提出される

1982年(昭和57年)5月

米国航空宇宙局、本部内に宇宙ステーション・タスクフォースを設置。宇宙ステーション計画の概念設計を開始した。

1982年(昭和57年)6月

米国航空宇宙局ペッグス長官から中川科学技術庁長官に対して、宇宙ステーション計画に日本も参加するよう要請があった。宇宙開発事業団を中心に、日本の参加に係わる構想をまとめるための技術検討を開始した。

1982年(昭和57年)7月14日

ソユーズT-5号打上げ(宇宙滞在212日間の記録達成)

1982年(昭和57年)8月31日

宇宙開発委員会、宇宙基地計画特別部会を設置し、日本の宇宙基地計画参加構想に係わる調査審議を開始

1982年(昭和57年)9月3日

宇宙開発事業団、N-Ⅰロケット7号機により、技術試験衛星Ⅲ型「きく4号」(ETS-Ⅲ)を打上げ

1982年(昭和57年)9月8日

宇宙開発委員会、長期ビジョン特別部会を設置

1982年(昭和57年)9月10日

欧州宇宙機関、アリアン5号機(実用1号機)の打上げに失敗

1982年(昭和57年)11月11日~16日

スペースシャトル、第5回飛行(コロンビア号)にて、衛星の宇宙放出(SBS-3とアニクC3)に初めて成功

1982年(昭和57年)11月15日

第2回日米常設幹部連絡会議開催(ワシントン)

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --