ここからサイトの主なメニューです

宇宙開発利用

1978年(昭和53年)1月~3月

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 2.宇宙開発政策大綱まとめまで(~昭和53年)

← 1977年(昭和52年) | 1978年(昭和53年)4月~12月 →

1978年(昭和53年)1月20日

プログレス1号打上げ(ソ連の無人補給船、サリュート6号にドッキング)

1978年(昭和53年)1月24日

ソ連の原子力衛星コスモス954が力ナダ北部に落下

1978年(昭和53年)2月4日

東京大学、M-3Hロケット2号機により、第5号科学衛星「きょっこう」(EXOS-A)を打上げ

1978年(昭和53年)2月4日

政策大綱調査会は宇宙開発委員会に「宇宙開発政策大綱」素案を報告

 政策大綱調査会は、長期ビジョンで示された諸課題について、必要性、国際的動向、技術的妥当性、その進め方と問題点、社会的経済的側面との調和等の広範な側面からさらに詳細に検討し、我が国として実際に実現することが望ましい課題を整理し、その推進に当たっての諸施策について長期的な考え方を取りまとめ、1978年(昭和53年)2月4日に宇宙開発委員会に報告した。

1978年(昭和53年)2月16日

宇宙開発事業団、N-Ⅰロケット4号機により、電離層観測衛星「うめ2号」(ISS-b)を打上げ

1978年(昭和53年)2月16日

「宇宙開発計画」策定

 第8号科学衛星(ASTRO-B)の打上げ目標年度を1981年(昭和56年)度から1982年(昭和57年)度に変更するよう修正されるとともに、海洋観測衛星1号(MOS-1)の開発研究に着手することが追加された。

1978年(昭和53年)3月17日

宇宙開発委員会、「宇宙開発政策大綱」を決定

 宇宙開発委員会は、政策大綱調査会の報告(1978年(昭和53)年2月4日)を基に、計画部会、技術部会、参与会、関係省庁等の広範にわたる専門家および関係者の意見を聞きながら、15年程度の間における我が国の宇宙開発における進め方についての指針として「宇宙開発政策大綱」を1978年(昭和53年)3月17日に決定し、同22日に閣議報告した。

 当面15年間に実施すべき開発活動としてあげられた5分野の概要は次の通り。

<通信分野>
 通信・放送衛星の国産化を促進するとともに、移動体通信・航行衛星シリーズの実用に向けた整備運用を進める。

<観測分野>
 世界最高水準の活動を支える「天文系科学・地球周辺科学」、自主技術の確立と実利用に向けた「海域および陸域観測」、その応用である「電磁圏および固体地球観測」、そして国産化・高度化・実利用化の「気象衛星」の各シリーズを進め、「月・惑星探査」へ進展させる。

<宇宙実験>
 小型ロケットやスペースシャトルによる材料・ライフサイエンス実験による技術進展と地上における諸科学の進展、実利用への促進を図る。

<衛星系共通技術>
 技術試験衛星などによる系統的な開発やシステム・部品の標準化などをはじめとした衛星基礎技術の進展を図るほか、スペースプラットフォーム、シャトル搭載実験機の開発を進める。有人サポート技術については当面は米国有人宇宙船に依存しつつ、我が国独自の有人サポート技術は技術的見通しが得られてから計画を進める。

<輸送系共通技術>
 N系ロケットの国産化を進めるとともに、順次標準化・共通化を図り当面の主力ロケットとする。その後は、1985年頃から10年以上、主力機種として活用できる500~800kgの静止衛星打上げ能力をもつH-Ⅰロケットの開発を行い、H-Ⅱロケットなど1990年代における技術基盤の蓄積を図る。

<射場整備運用および追跡管制整備運用>
 需要に応じたN系ロケット射点とH-Ⅰロケットの整備を進めつつ、地上ネットワーク系の追跡技術の開発と衛星間通信技術を目指した将来的な追跡管制技術の完成を目指す。

← 1977年(昭和52年) | 1978年(昭和53年)4月~12月 →

お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --