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宇宙開発利用

1962年(昭和37年)

第一章 日本の宇宙開発の政策史 > 1.黎明期から宇宙開発委員会発足まで(~昭和43年)

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1962年(昭和37年)2月2日

東京大学 鹿児島宇宙空間観測所(現、内之浦宇宙空間観測所)開設

1962年(昭和37年)2月20日

米、フレンドシップ7号打上げ(米国初の周回有人宇宙船)

1962年(昭和37年)3月

生産技術研究所、六本木に移転

1962年(昭和37年)3月1日

フランス国立宇宙研究センター(CNES)の設立

1962年(昭和37年)3月29日

欧州ロケット開発機構(ELDO)発足

1962年(昭和37年)4月23日

米、レインジャー4号打上げ(月の裏側に命中)

1962年(昭和37年)4月25日

科学技術庁、研究調整局発足し航空宇宙課を設置

 1962年(昭和37年)4月、科学技術庁の機構改革に伴い新設された研究調整局に航空宇宙課を設け、計画局の宇宙開発業務を移管するとともに、関係機関の間の調整機能を強めた。

1962年(昭和37年)4月26日

郵政省電波研究所、米国航空宇宙局観測ロケットによりレゾナンスプローブを打上げ

1962年(昭和37年)4月26日

英、米国の協力で科学衛星エーリアル1号打上げ(英国初の人工衛星)

1962年(昭和37年)5月8日

米、アトラス・セントールロケット初打上げ

1962年(昭和37年)5月11日

宇宙開発審議会、総理大臣に「宇宙開発推進の基本方策について」答申(1号答申)

 宇宙開発審議会は、世界的な情勢と比して我が国の宇宙開発の現状は甚だ不充分であるとの認識のもとに、我が国の宇宙開発の基本原則、宇宙開発推進の基本方策、各部門別実施細目および宇宙開発の体制について、1962年(昭和37年)5月11日、「宇宙開発推進の基本方策について」を答申した。
 この答申では、「我が国の宇宙開発は平和目的に限り、(1)自主性の尊重、(2)公開の原則、(3)国際協力の重視、を基本原則として推進する」との考え方を示す一方、宇宙開発推進の基本方策として、当面5カ年程度の活動計画を以下のように定め、研究開発に要する経費として300億円が必要であるとした。

1.宇宙空間の研究
 主として観測用ロケットにより、また同時に外国の人工衛星を利用した宇宙科学。

2.実用面の開発
 人工衛星を利用した通信、気象観測およびロケットによる気象観測の技術開発。

3.国際協力
 国際協力関係機関への積極的な協力。

4.産業技術の助長
 産業界の協力を得て成果の産業への応用および関連技術開発の助長。

5.宇宙科学技術振興に関する普及啓発

 また、宇宙開発の体制として、「我が国の宇宙開発を総合的、効率的に行うために中核的審議機関の設立」、「同審議機関の決定事項の円滑な実施のための行政機関を整備」、「研究所の新設、研修施設・整備の拡充整備などの研究体制の組織化」が示されている。

1962年(昭和37年)5月24日

道川において、K-8-10ロケットの爆発火災事故が発生し、以後道川実験所を閉鎖することとなった。

1962年(昭和37年)6月14日

欧州宇宙研究機構(ESRO)発足

1962年(昭和37年)6月20日

郵政省、宇宙通信連絡室設置

1962年(昭和37年)7月10日

米、テルスター1号打上げ(初の能動型通信衛星)宇宙通信時代の開花

1962年(昭和37年)7月11日

欧~米、テルスター1号によるTV中継に成功

1962年(昭和37年)8月8日

衛星通信実験機関連絡協議会発足(4者協議会と略称)

1962年(昭和37年)9月13日

総理府、宇宙開発合同推進連絡会議設立

 1962年(昭和37年)9月13日の閣議了解に基づき、総理府に宇宙開発合同推進連絡会議が設置された。科学技術庁長官が主宰し、科学技術事務次官、研究調整局長のほか、外務省国際連合局長、文部省大学学術局長、大蔵省主計局長、通産省工業技術院長、重工業局長、運輸省気象庁長官、海上保安庁水路部長、郵政省官房長、電気通信監理官、電波監理局長、建設省国土地理院長で構成され、関係省庁間の連絡、調整にあたった。

1962年(昭和37年)9月29日

カナダ、米国の協力でアルーエット1号打上げ(カナダ初の人工衛星)

1962年(昭和37年)10月

海上保安庁水路部、衛星追跡(写真撮影)実験実施

1962年(昭和37年)10月15日

郵政省電波研究所、宇宙通信実験用30mパラボラアンテナを茨城県鹿島に完成

1962年(昭和37年)10月31日

米、アンナ1号打上げ(初の測地衛星)

1962年(昭和37年)11月1日

ソ連、世界初の火星探査機火星1号打上げ(1963年(昭和38年)6月19日頃火星接近)

1962年(昭和37年)11月25日

東京大学、K-9M-1ロケット打上げ

1962年(昭和37年)12月13日

米、リレー1号打上げ(1963年(昭和38年)に初の日米間TV中継実験に成功)

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お問合せ先

研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)

-- 登録:平成23年02月 --