地球規模問題を解決に導く新たな国際共同研究の在り方に関する調査‐食料及び環境に関する課題を中心として‐[第167号]

第167号
平成9年8月28日

1.調査目的

 科学技術会議政策委員会国際問題懇談会は、平成8年5月に報告「21世紀に向けた我が国の科学技術政策の国際的展開についてー具体的方策ー」を取りまとめた。この中で、「地球規模問題の解決に向けた科学技術上の取組の進め方について」を取り上げ、今後国際協力を推進すべき科学技術上の課題として、「環境負荷を増大させることなく食料を増産、確保するための課題」及び「生物機能を活用して環境の維持、修復を図るための課題」などを提示した。また、今後の進め方として、「当面推進すべき課題、関連する国際的取組との連携・調整の在り方、全体の運営メカニズムの在り方、年次計画、必要な資金規模等からなる国際協力プログラムの案を早期に作成」することが必要としている。
 本調査研究は、同懇談会における提言を踏まえて、「食料」と「環境」に関する問題について、「持続的食料生産」及び「環境の維持・修復」に焦点を当て、具体的研究内容、研究を推進するための実施体制等を検討し、具体的な国際協力プログラム構想の立案を行うことを目的として、科学技術振興調整費により平成8年度及び平成9年度に実施しているものである。
 平成8年度においては、主として、具体的な当面推進すべき研究課題の特定に係る検討を行った。

2.調査方法

 本調査研究は、財団法人日本科学技術振興財団に委託し、同財団では第一線の研究者からなる調査検討委員会(委員長:貝沼圭二 生物系特定産業技術研究推進機構理事)を設置し、調査方法の決定及び調査結果の分析を行った。
 平成8年度は、我が国における「食料」及び「環境」に関する主要研究領域の現状を把握するため、まず、科学技術振興事業団 (JST)のデータベースによる研究テーマ毎の論文数について調査を行った。また、各領域の研究の現状・必要性及び今後の国際共同研究の推進に関して求められる点等について、各領域の研究者に対する事前アンケート及びヒアリングによる調査を行うとともに、関連領域の海外の国際共同研究実施機関における研究実施体制等について資料・情報を収集し、実態の把握を行った。

3.調査結果(概要)

(1)調査対象領域

 「食料」及び「環境」の2分野について、「食料」については「食糧増産」と「持続的農業生産」に分類した後に、解明すべき課題と具体的研究テーマを別表のとおり設定した。
 「食料増産」に関しては、1)植物の本来持つ機能を明らかにし、それを利用することにより生産性を高める研究、2)遺伝子操作などによる食料増産の新たな取り組みに関する研究、3)従来食用に供されていない植物資源の食料化、飼料化等の研究や人工光合成等の新たな手法による食料増産に関する研究の3つに分類した。また、「持続的農業生産」に関しては、1)農業に関連した環境の維持・修復技術に関する研究、2)持続的な農業生産を行うための技術開発等に関する研究の2つに分類した。
 「環境」に関しては、生物機能を利用した環境の維持・修復に資する研究を、1)「大気」、2)「土(土壌)」、3)「水」、4森林破壊や植物種の維持等に関する「植生」、4)家畜廃棄物の利用等の「微生物」の5つに分類した。

(2)我が国における主要研究分野の動向

(a)論文数調査

 「食料」及び「環境」に関する論文数に関して、JSTの科学技術文献ファイルに登録されている日本語及び日本語以外の論文も含めた全ての文献についてキーワードを設定して検索を行った結果、食料関連が 362,116件 (37.5%)、環境関連が 604,219件(62.5%)となっている。このうち、日本語の論文については、食料関連が 141,428件(45.7%)、環境関連が 168,318件 (54.3%)となっており、相対的に食料関連の比率が高い。
 解明すべき問題別の論文数については、全言語及び日本語ともほぼ同じ傾向であり、食料分野においては、食料増産に関する論文数が全体の約7割に達しており、中でも植物機能の解明に関する論文数が最も多くなっている。また、環境分野においては、水の問題に関する論文数が最も多く、4割強となっている。(図)

図 「食料」及び「環境」の解明すべき問題別論文数
図 「食料」及び「環境」の解明すべき問題別論文数

(b)ヒアリング調査

 ヒアリング調査においては、今後発展が期待される或いは必要性が高まる研究テーマとして、食料増産に関連する課題が指摘されている。また、農業と関連した「土」及び「水」に関連する領域をあげた者も多く、特に土壌汚染、地下水・水質汚染の問題が今後重要になるとの意見があった。

 日本において研究が十分に行われていない領域については、現在、日本において必要性が低い領域が中心にあげられている。
 また、国際共同研究が必要な領域としては、砂漠化や耕作可能地域の拡大等、日本での研究が困難な領域をあげる研究者もあったが、特にこれらのテーマは、現地における研究が不可欠なものである。

(3)国際共同研究の推進体制

(a)国内外の制度、機関等に関する資料、情報の収集

 我が国における国際共同研究を推進するための主なものとしては、科学技術振興調整費、科学研究費補助金及び日本学術振興会関連事業等があげられる。また、海外においては、「食料」及び「環境」の分野の研究に関連するものとして以下の機関等を抽出し、これらに関する資料・情報を収集した。

  • 国際農業研究協議グループ (CGIAR:Consultative Group on Intern ational Agricaltural Research)
  • OECD農業委員会 生物資源管理国際共同研究事業
  • 国連食糧農業機関 (FAO:Food and Agriculture Organization of t he United Nations))
  • 地球圏・生物圏国際共同研究計画 (IGBP:The International Geosp here-Biosphere Programme)
  • 気候変動に関する政府間パネル (IPCC:Intergovernmental Panel o n Climate Change)

(b)ヒアリング調査

 これら分野の国際共同研究の在り方について、個々の研究者が実際の国際共同研究における体験に基づく意見を聴取したところ、主なものは次の通りであった。

  • 国際共同研究を行うに当たっては、長期的な観点に立った方針の策定が必要とされている。特に、「食料」及び「環境」に関する分野の研究には20~50年の長期的かつ継続的な研究が必要であり、この点が重要である。このように大きな方針に基づいて、重点的な課題設定を行うとともに、研究の進捗状況に応じた課題の変更ができるような柔軟性も要求される。
  • 研究の推進に関しては、問題が発生している現場における研究が必要不可欠であり、同時にそれを支える基礎的な研究が可能な施設や十分な支援体制も必要である。
  • 共同研究に関しては、プロジェクト・リーダーを設定し研究を推進する必要があるが、プロジェクト・リーダーには自由な立場で共同研究の管理を任せるとともに、強力なリーダーシップを発揮できるようにすることが必要である。また、共同研究を支える研究者の人材育成と研究を支援する体制の拡充が必要である。
     研究者個人レベルで単発的にならないような継続的活動が重要である。例えば、研究者のライフスパンに合わせて海外における長期研究の後、国内に戻って研究を発展させ、さらに技術協力等に展開していく工夫を考えるべきである。

4.結論

 2050年頃に80~120億人になるといわれている人口に見合うだけの食料増産が可能かどうかが今後の焦点となっている。食料増産は、人口の増加に伴う耕地面積の限界、生産性の限界等により、一層深刻な問題となることが予想される。今後の研究課題としては、環境が悪化した土地でも育つ植物、環境を保全する植物をつくっていく必要があり、また、水・土を劣化させない持続的農業の重要性が増すと考えられ、食料生産と環境とを密接に関連付けて検討していくことが必要である。
 食料に関連した環境分野の研究は、地球環境の変動が農業生産に及ぼす研究、農業が地球環境に及ぼす影響の対策研究及び農業の持つ多面的機能を活用して環境を改善する研究に大別できる。これらに関する問題は、一国だけで解決できるものではなく、それぞれの地域における問題点、処理方法等の知識の交換を含めて国際共同により対応する必要がある。今後の研究の推進方策としては、同時多発的な環境問題に対応するため、モデル地域を定めた集中研究や、世界的に共通する要素を取り出して、それをテーマとした国際共同研究の実施が必要である。
 一方、これらの問題は、一つの学問分野のみでは解決し得ない課題である。例えば、地下水汚染の問題を取り上げたとき、汚染物質の形態変化を知るためには化学の知識が必要であるとともに、汚染物質を分解する微生物の知識も必要になるように、様々な分野の複合的な対応が必要とされる。したがって、今後、先端的な研究を推進していくためには、学際的な観点から研究を進めることのできる人材の養成と学際的な共同研究の実施も必要である。
 特に、食料生産と環境の関わりから、今後、研究の推進が必要と考えられる「水」及び「土(土壌)」に関する研究の課題としては、次のようなことがあげられる。

(a)水に関する問題

 多くの国で、都市部において増大する産業・生活用水や潅漑用水の需要が、帯水層の持続可能な産出量を超え、河川を渇水状態にしており、世界的に農業用水の不足が指摘されている。また、今後、発展途上国においても、湖の富栄養化、農業汚染、家畜廃棄物等による汚染の問題が発生すると考えられる。
 これらの問題に対応した取り組みとともに、労力及びコストの増加を抑えながら、肥料の投入量を減らして収穫量を上げる持続的な農業手法の開発が必要となる。

(b)土(土壌)に関する問題

 中国、中央アジア、アフリカ等においては農業地域が広がるにつれ、砂漠化が急速に進んでいるなど、土壌の浸食・劣化等の問題は、世界的に大きな問題となっている。我が国においては、最近、減反などにより休耕田の土壌浸食の問題もでてきている。特に、土壌浸食は、食料増産の必要性と相まって、農地の過度の使用などにより、今後さらに問題化してくるものと考えられる。
 砂漠化や土壌浸食等の問題に関しては、それが発生している地域における対応策の研究が必要とされるが、現地の人々による対応のみでは、研究コストの問題もあるため、国際共同研究が必要となる。

-- 登録:平成21年以前 --