ライフサイエンスの現状と今後の方向に関する調査[第171号]

第171号
平成9年11月27日

1.調査目的

 ライフサイエンスの国内外の研究の現状を把握し、今後21世紀に向けた我が国の研究方向、国際的協力のあり方を検討するための基礎資料を得ることを目的として、科学技術振興調整費により平成7、8年度に調査を実施した。

 平成8年度は、わが国におけるライフサイエンスの振興上、解決するべき問題点や重点的振興のあり方等についての検討を行った。またライフサイエンス振興の国際的比較を行うために、平成7年度の米国に引き続いて平成8年度は、特に日本と欧州の相違点や類似点についての調査を行った。

2.調査方法

 本調査は、科学技術庁より財団法人未来工学研究所に委託して実施した。

(1)ライフサイエンスの研究分野の体系化:近年におけるライフサイエンスの発展や応用領域の拡大を踏まえ、文献調査や有識者インタビュー等により、学会や研究プロジェクトなどの様々な活動を考慮しつつ、ライフサイエンスの研究分野の体系化を前年度に引き続き検討した。

(2)国内の研究現場における問題点の明確化:前年度に抽出した各種問題点に関して、それらの問題点の相互の関連性や重要性を、調査検討委員会や有識者インタビューにより検討した。また国内のライフサイエンス研究各分野の研究者から、研究の現状に関する問題意識、行政に対する支援や整備の要望項目等の抽出を行った。

(3)国際的研究活動の推進方策の検討:前年度に抽出した国際的な研究活動の展開方向、国際共同研究の現状に関する問題意識、行政に対する支援や整備の要望項目に基づいて、これらの具体的な推進方法等の検討を行った。

(4)欧州の現状調査:昨年度に抽出した、米国におけるライフサイエンス研究展開の現状と、様々な問題点に対する取り組み方、米国と日本との役割分担や協力の可能性等をさらに欧州の現状と比較するために、英国およびドイツの現状を調査した。

3.調査結果

3.1 日本のライフサイエンスの置かれている状況

 世界的に見てライフサイエンスは近年急速な発展を遂げつつある。図1に学術文献データベースの分析に基づいたライフサイエンス各分野の全世界の文献数と成長率の変化を示すが、これによると、近年成長率が急速に上昇している分野が多い。また、日本においては図2に示すように全分野の研究者の32%弱がライフサイエンス関連の研究者と推定される。これらの定量的データに基づいて、我が国と欧米諸国とのライフサイエンスに関する現状の国際比較や、1990年代の欧米各国の科学技術・産業政策のうちライフサイエンスに関連する動向の分析等を行った。それらを総合した結果、日本のライフサイエンスの置かれている状況は、以下のようにまとめることができる。

  1. ライフサイエンスは非常に広範囲なニーズと研究分野を包含する領域であり、非常に急速な変化及び発展を遂げつつある。
  2. しかも、医療福祉や食糧の分野などのように、経済的価値だけでは判断できず、国民生活とも直接的に大きな接点を持つ分野を含んでいる。
  3. しかし日本のライフサイエンスは、英文文献という研究開発のアウトプット指標で見ると、研究費や研究者あたりの成果が欧米や他分野に比較して少なく(図3)、
  4. またライフサイエンス関連の産業の国際的競争力強化についても、必ずしも成功しているとは言い難い。 (図4)
  5. さらに、ライフサイエンスの振興にとって必要なインフラストラクチャに関しても、遺伝子改変動植物の維持・供給体制のような重要な要素が未整備のままになっている。
  6. 一方、欧米各国の1990年代の科学技術・産業政策では、いずれもライフサイエンスを戦略的重要分野として認識しており、国際的競争力強化のために、重点課題の抽出や産学官の役割分担の明確化、産業の育成など、省庁横断的で組織的な取り組みを行っている(表1)。
  7. 欧米各国のうち、特にライフサイエンスの研究成果や産業化で他国をリードしている米国を見ると、公的資金による競争的研究環境の充実と、研究への産業界の積極的関与が顕著に見られる。

 上記のような認識を背景として、以下のような提言を行った。

図1 各種分野のデータベースの成長率と文件数の変化

分野別研究者数の推定のグラフ

図3 単位研究費・研究者あたりのトップ30誌掲載文献数の比例

図4 医薬品関連特許件数の推移

注)医薬品関連の国内出願人による特許出願件数は全分野に比較して伸びが鈍い。これに対して国外出願人の出願件数は急速に増大し、1995年には国内出願数を上回っている。
図4 医薬品関連特許件数の推移(報告書p29参照)

表1 欧米各国のライフサイエンス関連の戦略的研究計画の例(報告書1.3節参照)

  中枢機関 イニシアチブ、制度
英国 OST、貿易産業省 Technology Foresight
LINK、ROP award
ドイツ BMBF
研究・技術・革新評議会
Health Research 2000
Biotechnology 2000
Bio-Regio
フランス 産業省
科学技術研究閣僚委員会
キーテクノロジー100
Biotechnology、Microbiology、Genomeの3計画
米国 大統領府、NSTC、NIH 1995 Strategic Plans
NSTCヘルスサイエンス・イニシアチブ

3.2 今後必要な施策の提言

ライフサイエンス関連の戦略的大型研究計画を充実させる

 我が国においても、欧米諸国に見られるような、総合的な政策判断と重点目標の抽出、時系列に沿った現実的な研究開発計画の提示などを産学官全体に対して行っていくことが重要であると考えられる。そのためには、強力な主導力の下に政府としてのライフサイエンスの振興に継続的に責任を果たしていく中枢的機関を形成して、ライフサイエンス関連の戦略的大型研究計画を充実させることが必要であると考えられる。

分野毎に研究開発アウトプットの評価方法を最適化する

 「科学的知見の蓄積」というアウトプットの評価方法(文献数)以外にも、ライフサイエンスの研究開発成果の評価指標が検討される必要があると考えられる。特に、日本国内の医療サービスの向上や、食糧自給率の向上、環境の保全など、必ずしも文献としてカウント可能な形での研究成果が現れないが、その成果が国民のニーズ充足に大きく貢献し得る分野が、ライフサイエンスには多くあると考えられる。

特定分野においては技術移転や新産業育成に特に注力する

 国際的に激化する産業界の競争を生き延びられるような体力を日本のライフサイエンス関連産業に与えるためにも、特定分野については思い切った産業育成策や技術移転の制度を設ける事が必要であると考えられる。具体的には、民間企業の研究開発をもある程度支援する事ができるような公的グラントの創設や、大学や国立研究機関と民間との間の共同研究の積極的支援制度などをさらに充実させる必要があると考えられる。

インフラストラクチャや支援制度に重点的な投資を行う

 日本のライフサイエンスには、情報共有のインフラストラクチャや共同利用施設・設備の整備、特に実験動植物関連のインフラストラクチャ整備の立ち後れが顕著である。個別の研究グラントでは整備できない共同利用施設・設備などの設置と運用を支援し、それら施設・設備の専門的な操作技術をもった人材を長期的に育成していくためにも、インフラストラクチャに特化したグラントの創設が必要であると考えられる。

問い合わせ先:
 科学技術庁研究開発局ライフサイエンス課
 〒100 東京都千代田区霞が関2-2-1
 電話:03-3581-5271  担当:祖川(内線422)

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