流動的研究体制と研究者のライフサイクルに関する調査[第176号]

‐第176号‐
平成10年8月27日

 近年、科学技術基本計画に示されている研究者の流動化を積極的に推進するための一環として、特別研究員等の流動研究制度が急速に拡大している。今回の調査では、これらの制度が研究者のライフサイクル全体を通じて有効に機能しているのかどうかについて検討を行った。その結果、研究者の立場からみた場合、現状の流動的研究制度における最大の問題点は、この仕組みの中では自らのキャリアプランを描けないことであり、このことが流動研究制度を単なる就職待ちのポジションのための制度としている一因にもなっていることがわかった。流動化の推進のためには、もちろん研究者自身が流動研究のチャンスを積極的に利用しようという姿勢が重要であることはいうまでもないが、制度的な対応としては、優れた成果を出せば研究を継続できるような、あるいはさらによいポジションが与えられるような仕組みが必要となる。今後は、多様な流動の場が、研究者のステップアップの手段として、重層的に構築されていくことが期待されるところである。
 本調査は、今後の我が国の科学技術政策立案のための基礎資料を得ることを目的として、科学技術振興調整費により平成9年度から平成10年度にかけて実施しているものであり、今回は、平成9年度の調査結果について報告するものである。

1.調査目的

 本調査は、科学技術基本計画に示されている研究者の流動化を積極的に推進するに当り、研究者のライフサイクル全体を通じて効果的なものとして機能するとともに、わが国の研究の国際レベルでの展開力を強化できるものとなるよう、流動的な研究環境経験者の追跡調査および海外の状況調査を行い、現状の利点や問題点の明確化と将来のあり方の構想について検討を行った。
 平成9年度においては、調査全体のフレームを検討し、これに基づいて、流動的な研究環境の経験者の調査および海外の状況の調査を行った。

2.調査方法

 本調査は科学技術庁より財団法人未来工学研究所に委託して実施した。

2‐1 調査の全体設計および実施方針の検討等

 流動的研究体制と研究者のライフサイクルに関し知見を有する専門家からなる調査検討委員会を設置し、流動的研究体制の概念や意義、研究者の流動化の実情等の分析を行うために踏まえておくべき視点等に関する検討を行った。

2‐2 流動的な研究環境の経験者の追跡調査

 流動的な研究組織、ポストドクトラル・フェローシップ制度等を経験した(または経験している)国内および海外の日本人研究者を対象に、現在に至るまでの研究活動状況を追跡調査した。

2‐3 海外における実情等の調査

 海外における流動的な研究体制について、その内容、運営方法、実績、問題点、問題点の克服等について面接調査および文献調査を行った。

3.調査結果(概要)

3‐1 調査の実施方針

 本調査を始めるに当たり、まず、調査検討委員会で問題意識のすりあわせを行い、踏まえておくべき視点について検討を行った。その結果、

  • 研究者の流動化については、一定のところにとどまらずに外に出ていく環境、外に出ていく習慣を作ることが重要であること
  • 研究者自身は自分の方向を見極めるためにポスドク制度を活用すべきであること
  • ポスドクの受け皿については、流動というこれまで日本の文化にない新しい動きに対応するために、受け入れ側が考え方や意識を変えていく必要があること

 などが指摘され、最終的には、一人一人の研究者が喜んで研究できるための条件や前提を探り出すことを目的とすることが確認された。

3‐2 経験者からみた流動研究の実態

 各種流動研究の経験者1,050人を対象としたアンケート調査の結果は次の通りである。なお、調査の回収率は47.4%(回収数498)となっている。以下にアンケート結果を紹介する(文中・部分がアンケート結果を示す)。

(1)参画の目的

 流動研究に参画した最大の動機は、

  • 就職を得るまでのつなぎという回答が最大であった。この他、自己鍛錬、資質向上のためという理由も決して少なくはないが、パーマネントポジションを得るまでの一時的な任期ポストとして認識されている傾向が強い。

図1 流動研究に従事した動機
図1 流動研究に従事した動機

(2)研究生活

 多くの流動研究経験者たちはその任期中、研究時間等について比較的充足した研究生活を送っているようにみうけられる。このことは、

  • 自分自身の研究に費やすことのできる時間は平均で勤務時間全体の80%
  • 流動研究を支援するサポート体制については全体の2/3の研究者がおおむね肯定的な見解
  • 流動研究者とパーマネントポジションある研究者との間の人間関係については3/4の研究者が特に問題なし
  • 任期中の報酬で不安なく研究に専念することができたのが全体の80%

 などから推察される。

(3)任期中のアウトプット

 一時的な任期付きポストとの認識ではあっても、快適な環境で研究に専念できるため、任期中のアウトプットもそれほど悪くはなっていない。具体的には、

  • 任期中の論文数や講演数については、任期の前後で変化なしとする者が半数程度を占める、任期中にパフォーマンスがあがり、任期後にパフォーマンスが下がったとする者も少なからずいる
  • 研究成果が当初の計画通りかどうかについては、半数強が計画通りか計画以上としている

 などがそれを示唆している。

(4)流動研究者の最大の関心事は任期終了後の就職先(研究実施場所)

 (1)の「参画の目的」からも分かるとおり、任期終了後の就職先については流動研究者の最大の関心事である。またこのことは、

  • 遅くとも任期の半ばくらいまでには全体の2/3が就職先の検討を始めている
  • 流動研究の任期の途中で他へ異動した研究者が半分以上おり、そのような研究者たちの9割近くはパーマネントポジションが見つかったことを異動の理由としている

 などからも裏付けられる。

図2 任期中の異動
図2 任期中の異動

(5)流動研究者の受け皿

 任期途中で他に就職した研究者がどのようにして就職先を探したのかをみると、

  • 約4割は異動先から声がかかったもの
  • 3割弱が指導者に推薦してもらったもの
  • 主として自分で探したのは2割強

 であり、任期途中の就職については、本人よりも外部(異動先や指導者等)の要因がかなり影響しているようである。指導者等や異動先がどのような理由で任期途中の流動研究者を推薦し、採用するのかは今回の調査では不明であるが、比較的多くの研究者に流動研究のシステムが就職待ちの一時的な任期付きポストだと認識されている背景には、受け入れ側の態度や理解にもその一因があるものと思われる。

(6)流動経験のメリット・デメリット

 流動研究の経験は、研究者達にとって、積極的ではないにしろ、研究者のライフサイクルの中では必要なものであると認識されている。それは、

  • 流動研究に従事した経験が研究能力の向上に影響を与えたとする者が約半数
  • 同じく流動研究に従事した経験がキャリア形成に役立つとする者が3/4
  • 流動研究に従事した経験が研究者としての現在の地位を築く上で必須のプロセスであったとする者が6割強

 であることなどから推察されるが、必ずしも圧倒的な賛意が示されたものばかりではない。
 特に、流動研究に従事した経験がその後の処遇や報酬の面でメリットになったとする者は4割弱に過ぎず、待遇面でのメリットについてはむしろ否定的見解のほうが半数以上を占めている。

図3 必須のプロセスかどうか
図3 必須のプロセスかどうか

(7)流動的研究体制に対する評価

 流動研究を経験した立場から、現状の流動的研究体制をみると、

  • 流動研究を支援する「社会システム」
  • 適正な「評価」と評価に応じた「処遇」
  • 多様な「流動の場」の存在

 など、研究活動そのものに関わる要因よりも研究活動を取り巻く外的要因の不備を指摘する割合が多い。すなわち、流動研究の経験者達は、現状の流動的研究体制について、これをうまく運営するためのインフラストラクチャが未整備であることを指摘している。

図4 現状で欠けている点
図4 現状で欠けている点

(8)優れたアウトプットを生み出すための流動的研究体制の条件

 優れたアウトプットが出たグループでは、研究者個人の要因として、

  • 流動研究に取り組む際により高い目標・目的を持って参加している
  • 未知のもの、新たなものにチャレンジしようという意識が強い
  • 研究者としてのキャリア形成の面で流動研究の過程を肯定的に評価している

 などの特徴がある。最も関心の高いのが就職の問題であったにしても、流動研究の目的とするところを理解し、実行するような積極的な姿勢が成果につながっている。
 つぎに、研究活動を取り巻く外的な要因としては、

  • 流動研究者をサポートする体制が整っているかどうか
  • 流動研究者とパーマネント職員との間の人間関係がうまくいっているかどうか

 の2点が研究の成果にプラスの影響を与えている。すでに述べたとおり、サポート体制についても、研究者間の人間関係についても全体的にはおおむね良好であるという評価になっているが、今後もこのような状況を継続的に維持していく必要がある。

(9)流動研究者が研究開発の主力として活躍するための流動的研究体制の条件

 流動研究者が研究開発の主要な担い手として活躍できるためには、ある程度の割合(例えば30%程度)で組織や研究グループの中に流動研究者が含まれていることが前提となる。その上で流動的研究体制が、

  • 自分の研究に集中できる
  • 研究評価等のディスカッション等が十分に行われる
  • 公正な評価が行われる
  • 評価に応じて十分な処遇が行われる

 ような研究環境を提供する必要がある。また、その際にはパーマネントポジションにある研究者と流動研究者の人間関係においても摩擦が起きないように配慮されたマネージメントが行われることが重要になる。

3‐3 研究者の意識(インタビューの結果から)

(1)参画の動機・目的

 流動研究に参加した動機・目的はほとんどの場合、

  • パーマネントポジションを得るまでのつなぎ

 という認識が多い。海外の研究経験等から流動研究の意義やメリットは理解しているが、それが日本の流動研究制度の活用と結びついていない。ただし、その任期中に研究者として自分を磨くための努力はなされている。

(2)流動研究への要望など

 流動研究の最大の難点として、任期終了後のパスが見えないことを指摘する意見も多い。同じ任期付きで不安定な立場でも、(昇格の基準が明確な)テニュアトラックのような仕組みならよいとする声もある。そのほかには、研究の進展の状況に合わせた任期の延長、分野・テーマに応じた柔軟な任期や参加資格の設定を望む声も多い。
 流動研究が円滑に進むための条件としては、研究の自由度が確保されること、自立的に研究を推進することができること、研究に専念できるような環境が整っていること、などがあげられる。この点では日本の流動環境よりも米国の環境のほうが優れているという意見もある。
 現状の流動研究制度の問題点としては、流動研究員の増加に対する受け入れ側の対応の不備、社会的認知の不足、研究成果についての評価システムの適正化を指摘する声が多い。
 以上、流動的な研究活動を活性化するための条件を集約すると以下のように整理できる。

  • 研究の自由度の保証
  • 研究に専念できる環境
  • 任期延長の柔軟性
  • 任期終了後のキャリアパスの明確性
  • 流動研究制度への参加資格の柔軟性
  • 評価の適正化とレビューアーの評価
  • 流動研究に対する受け入れ側、社会の認知不足の是正

(3)海外のポスドクの状況

 海外での状況を見てみると、ポスドクのためのパーマネントポジション、あるいはテニュアトラックのポスト不足はわが国だけの問題ではない。そして海外でも多くの場合これを吸収するのは、産業界しかないとみている。

4.結論

 これまでの調査結果を分析すると、我が国の流動的研究体制について、いくつかの課題を指摘することができる。

(1)研究者側の態度

 流動研究に参画しようとする研究者側の態度としては、研究者としての自己の能力を研鑽しようという意向はあるものの、最終的な目的として任期後の就職に目が向けられがちな傾向がみられる。流動研究が本来ねらいとするところは、目前の就職ではなく、もっと先の創造的な研究成果の創出にあるはずである。現状においては、多くの研究者は流動研究のしくみをその目的に添った形で有効に活用していないといえる。
 この原因は、研究者のパーマネント志向にあるが、一方では流動研究制度の側にも、研究者のキャリアパスが不透明という、研究者の不安を解消できない問題点がある。

(2)流動研究におけるアウトプット

 流動的研究体制の中で優れたアウトプットを出すためには、研究者自身の高い目標と積極的な意識とともに、流動研究者をサポートする体制が整っていること、流動研究者とパーマネント職員の人間関係がうまくいっていることが重要である。つまり、流動的な研究体制から優れた成果を生み出すためには、流動研究者の受け手側の研究マネージメントのあり方に加えて、流動研究者に対する認識や接する態度が重要な要件になる。

(3)流動研究者とパーマネント研究者のインタフェース

 流動的な研究体制には、若手研究者を育成するという機能とともに、流動研究者が研究開発の主要な担い手として活躍する場を提供するという機能も期待されている。しかし、わが国では研究グループのメンバーの多くはパーマネント職員であり、流動研究者が優れたアウトプットを生み出すためには、流動研究者という少数派がいかにうまく多数派とインターフェースをとることができるのかが課題となる。

(4)流動研究制度のタイプ

 流動研究制度は各制度ごとに研究者の身分や研究の形態などタイプが若干異なっており、「研究奨励型(非雇用型)」と「雇用型」の2つに大別できる。前者が若手研究者の育成を主眼にした制度であり、後者は研究開発の中心的役割を担うことが期待されている制度といえる。
 また、雇用型のバリエーションとして研究機関、あるいは制度運営機関に雇用されるパターン以外にプロジェクトの中で採用されるというケースも増えてきている。制度のバラエティが増え、選択肢が増えることは望ましいことであるが、流動研究制度に期待する役割に沿って、今後これらタイプのバランスをどのように考えていくのかは、検討を要する課題である。

(5)流動的研究体制を取り巻く環境

 流動研究の経験者からは、研究体制そのものよりも、流動的研究体制をうまく運営するためのインフラストラクチャの不備を指摘する意見が多い。任期制による身分の不安定さを伴う流動研究者が、その役割を全うするためには、流動研究を支援する社会システムが不可欠である。また、流動研究の意義や流動研究者のステータスに関する社会的な認知を促すことも重要な課題である。
 一方、今後懸念される流動研究者の受け皿の不足については、多種多様な流動の場を創設するなどにより、流動的研究体制の中で解決方法を模索することが重要であるが、産業界がこれを吸収することが期待されている面もある。民間企業の雇用機会の拡大を促すような支援策についても、流動的研究体制の促進要因のひとつとして位置づける必要がある。

 以上を踏まえると以下のようなことが考えられる。

  • 流動研究に参加しようとする研究者に対しては、流動研究は就職のつなぎに使う任期付きのポストではなく、チャレンジする場だということを十分に認識してもらう必要がある。
  • 一方、現状の流動研究制度自体も、研究者が自分のキャリアプランを描くことができるような仕組みを持つ必要がある。これが可能になってはじめて、流動研究期間をひとつのプロセスとして研究者のライフサイクルの中にビルトインすることが可能になる。
  • 具体的には、一定の基準を満たせば再任や任期の延長が認められる仕組み、あるいは処遇や研究環境の面でワンランク上の流動ポジションが与えられる仕組みを設けることが考えられる。また、テニュアトラックのように、その先にパーマネントポジションが用意されているような仕組みも検討するべきである。この場合に重要なことは、参加する研究者にステップアップするために必要な基準や評価の仕組みを明確に提示することである。
  • このようなイメージを想定するならば、例えば第1期を研究者としての適性や自分の可能性を確認する期間とし、これをクリアしたときに、第2期に進み、研究者としての能力にさらに磨きをかけることに力を注ぐことが可能になるだろう。第1期を研究能力の育成期間にあて、第2期以降で研究開発の主要な担い手として活躍するというようなサイクルを、研究者の養成過程におけるサイクルの一形態として位置づけることも考えられる。
  • そして、前者の制度から後者の制度へのステップアップの時に厳正な審査が行われるのが一般的になれば、このことが適性のない者をふるい分ける役割を担うことにもなる。
  • このような環境では、近い将来ポスドクの定員が1万人に増えたとしても、繰り返し流動研究に従事する者も出てくることにより、流動研究にチャレンジしようという研究者にとっては今まで以上に高い競争率にさらされることになり、競争的な雰囲気も生まれてくる。
  • 流動研究の期間を研究者のライフサイクルの中で重要なキャリアパスとして位置づけ、これにより流動研究制度の定着を図るためには、少なくとも国立試験研究機関等、公的な機関において新規に研究者を採用する場合には、流動研究の経験を十分に積んだ研究者を優先的に採用するというルールを設けることも必要である。
  • なお、実態調査の結果からは、流動研究者に対する受け入れ組織側の対応に問題のあるようなケースも見受けられるが、流動研究制度の意義や目的について組織のマネージャー等に対してより周知徹底を図ることが必要である。

問い合わせ先:科学技術庁科学技術振興局研究振興課
〒100‐8966 東京都千代田区霞が関2‐2‐1
電話 03‐3581‐5271 担当:豊福 (内線551)

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