我が国の研究機関における研究支援体制の今後の在り方に関する調査 1)創造的な研究活動を行う研究機関の研究支援体制に関する調査[第179号]

‐第179号‐
平成10年9月24日

 本調査により、我が国の研究者は、技術的な研究支援、事務管理部門の協力など研究支援体制の現状に不満を感じていることが具体的に明らかになった。これは国公立研究機関及び大学において特に顕著であり、アルバイト等の臨時雇用、学生の活用などの方法で支援者の不足を補っているのが実状で、その質にも問題があると考えられる。
 これらの背景には、国の制度との関係があり、具体的には国の予算ならびに人事制度に柔軟性がないことが原因の一つと考えられている。さらに、米国との対比においては、我が国の研究支援体制の整備が遅れている社会的背景要因として職業慣行、研究者の意識の違いがあると推察される。
 国公立研究機関、大学、民間企業の80%以上が今後、研究支援体制強化を行いたい意向を持っており、本調査の結果を踏まえれば、研究支援体制の充実・強化の方向として、(1)直属支援者の量と質の向上、(2)各研究機関内の専門的研究支援組織の戦略的構築、(3)研究支援業務の柔軟な外部依存を可能にする環境の整備が重要な課題と考えられる。
 本調査は、今後の科学技術政策立案のための基礎資料を得ることを目的として、科学技術振興調整費により平成9年度から平成10年度にかけて実施しているものであり、今回は平成9年度の調査結果について報告するものである。

1.調査の目的

 創造的な研究開発活動を推進するためには、研究支援体制を充実させて、研究者が研究活動に専念できる環境を整えることが必要である。しかしながら、我が国の研究支援体制は、欧州と比較して研究者一人当たりの研究支援者数が少ないなど、立ち遅れているとされている。このような状況を踏まえ、科学技術基本計画(平成8年7月2日、閣議決定)においては、研究支援者の養成・確保など研究支援体制の強化を図るとされた。
 平成9年度は、我が国及び米国における、研究支援者とそれを取り巻く研究支援体制の現状を調査し、国内の研究者の研究支援に対する意識及びニーズを把握するとともに、今回の調査で得られた米国の研究支援体制のデータも参考にして、我が国の研究支援体制の問題点、課題を整理する。

2.調査の方法

 本調査は、科学技術庁より株式会社東レ経営研究所に委託して実施した。

1)既往の知見の収集・整理と分析

 研究支援等に関して、国内外の関連文献調査を実施するとともに、研究者、技術者等の雇用制度、処遇制度の基本的なパターン等について有識者に対する訪問ヒアリングを実施した。

2)研究支援体制の現状に関する調査(表1参照)

 研究支援体制の現状等に関して、国内及び米国の研究機関を対象とするアンケート調査を実施し、研究機関別に集約した。

表1 アンケート調査対象となった研究機関の内訳(研究マネージメント担当者が回答)

研究機関 回答数
日本 米国
国公立研究機関 38 9
大学等 121 4
民間企業 306 4
特殊法人等その他の研究機関 11 1
合計 480 18

3)研究者の意識調査(表2参照)

 研究者の役割と業務の範囲、望ましい研究支援体制等について国内及び米国の研究者を対象とするアンケートによる意識調査を実施し、大学、国公立研究機関、民間研究機関による違い等について検討した。
 また、国内の研究者に対する具体的な研究支援に対するニーズ調査を実施した。

表2 アンケート調査対象となった研究者の内訳

研究機関 回答数
日本人 米国在住研究者 日本在住外国人研究者
国公立研究機関 104 18 25
大学等 369 13 43
民間企業 564 2 15
特殊法人等その他の研究機関 34 0 2
合計 1073 33 86

4)国内及び米国の代表的な研究機関へのヒアリング調査(表3)

 創造的な研究活動を行っている国内および米国の代表的な研究機関に対するヒアリング調査を実施することによって、上記アンケート調査項目の詳細に加えて、我が国の研究支援体制に関わる問題点、今後の方向に関する意見等を聴取した。

表3 ヒアリング調査対象となった研究機関

研究機関 回答数
日本 米国
国公立研究機関 4 3
大学等 4 4
民間企業 4 5
特殊法人等その他の研究機関 0 2
合計 12 14

5)調査委員会による総合的討議と問題提起

 調査の方針・方法や調査結果の討議、研究支援体制の今後のあり方に関する問題提起等を行うため、以下の調査委員会を設置し討議を行った。

表4 調査委員会の委員名簿(所属・役職は1997年7月現在のもの)

  氏名 所属・役職
委員長 平澤 冷 東京大学教授
科学技術庁科学技術政策研究所 第2研究グループ 総括主任研究員
委員 猪股 吉三 科学技術庁無機材質研究所 所長
  谷村 正満 ダウコーニング・アジア株式会社 取締役、研究・情報センター所長
  中川 威雄 理化学研究所 研究基盤技術部長
東京大学生産技術研究所 教授
  丹羽 冨士雄 科学技術庁科学技術政策研究所 第2研究グループ 主任調査官埼玉大学大学院政策科学研究科 教授
  古川 勇二 東京都立大学大学院工学研究科 教授
  丸山 瑛一 オングストロームテクノロジー研究機構 常務理事
  高橋 勝緒 理化学研究所 参事(技術担当)

3.調査結果

(1)研究従事者に関する定義と業務内容

 研究従事者について、我が国の状況が欧米と異なるところは主に次の点である。

1)研究者の統計上の定義は、我が国(総務庁「科学技術研究調査」)では、「大学の課程を修了したもので、2年以上の研究経歴を有し、かつ、特定の研究テーマを行っている者」とされている。一方で、 OECD(フラスカチ・マニュアル)の研究者の定義は「考案または創造に従事している専門家」という表現であり、米国(NSF:国立科学財団)では、統計上には研究者という分類区分はなく、科学者、技術者に分類され、これらの資格要件として「科学・工学の研究開発に関する職業」をまず挙げ、セクターによっては、学位、研究開発本務者としての自己認識を付加している。定義の表現を見る限り、欧米は我が国よりも抽象的ではあるが、実質面で規定しようとする考え方が窺われる。

2)一般通念の上では、欧米においては、真に研究の名に値する創造的仕事を行っていることが研究者と見做される条件とされ、統計上の定義としては、学歴等で一律に研究者と見做すことはしていないと言われている。
 総じて言えば、統計の定義上、我が国は、FTE換算(フルタイム換算)をしないため、欧米に比べると研究者はかなり多く計上されている。一方、研究支援者の定義領域はほぼ同等なので、結果として、研究者1人当たり研究支援者比率は、我が国に比べ欧米は高く現れる傾向がある。しかし、実態的には、統計の定義上の「研究者」が我が国の場合、研究者として機能していない場合が少なからず見受けられ、その傾向は緩和されているとも考えられる。

(2)研究支援体制に関する研究機関の実態(「実態調査」の結果)

 本調査では、我が国と米国を比較するため、研究開発従事者の職業分類については、OECDのフラスカチ・マニュアルの分類に準じた。
 本調査で得られたデータの範囲では、我が国の研究支援に関する現状について次のような傾向が見受けられた。

1)国公立研究機関と大学では、正規雇用の研究支援者比率は、民間企業、特殊法人等その他の研究機関の比率に比べて少ないが、期限付き雇用、アルバイトを含めると民間企業、特殊法人等その他の研究機関とほぼ同じ比率となり、期限付き雇用、アルバイト等でその不足を補っている。

2)研究支援業務を研究者自らが行っている程度は、全体に、国公立研究機関がもっとも高く、大学がそれに次ぎ、民間企業はもっとも低い(図1参照)。

図1 研究支援業務を研究者自身で行っている程度(スコア値)

図1 研究支援業務を研究者自身で行っている程度(スコア値)
(スコア値)(ほとんど行わない:1、半分程度行う:2、ほとんど行う:3)
スコア値とは、各回答者の選んだスコアの和を回答者数で割った平均値である

3)国の研究支援制度に対しては、文部省のリサーチアシスタント等の制度は大学で認知度も利用の実績も高く、科学技術庁の重点研究支援協力員制度は国公立研究機関で認知度も利用実績も高い。全体的にこのような国の支援制度は有用なので、もっと充実して欲しいという意見が多い。

4)研究支援業務の仕事量、種類は、15年前に比べて、いずれも増加傾向であるが、特に国公立研究機関、大学で増加の程度が大きい。一方で、研究支援者比率は全体で減少傾向にあるが、特に、特殊法人等その他の研究機関と大学で減少が大きい(図2参照)。

図2 研究支援者比率の変化の度合い(15年前との比較)

図2 研究支援者比率の変化の度合い(15年前との比較)
注)研究者一人当りの研究支援者数の部署別の変化の度合い。
スコア値(大いに減少:‐2、やや減少:‐1、変わらない:0、やや増加:1)

5)研究支援者比率が低下した理由としては、総定員の削減が大きく、組織全体の総予算の削減、研究支援者の採用の困難さや人事処遇制度の問題も挙げられている(図3参照)。

図3 研究者1人当たりの研究支援者数が減少した主な理由

図3 研究者1人当たりの研究支援者数が減少した主な理由
スコア値(ほとんど関係なし:1、関係あり:2、主な理由:3)

6)研究支援体制を今後、強化しようと考えているところは、全体の7~9割であるが、具体的な対策は未検討のところが多い(図4参照)。強化の方向は、全体として、研究支援者の質の向上と業務の効率化・自動化による支援業務の充実が中心である。

図4 研究支援体制に関する今後の方針

図4 研究支援体制に関する今後の方針
注)数値は各機関ごとに各項目をチェックした機関の割合(複数回答)

(3)研究者の意識と研究支援体制への関心(「意識調査」の結果)

 本調査で得られたデータの範囲では、次のような傾向が見受けられた。

1)研究環境に対する満足度については、全体としては、民間企業が高い傾向にあり、国公立研究機関では、技術的な研究支援体制、予算管理や事務処理に対する不満が、また、大学では、それらに加えて、研究資金の額、研究設備・機器に対する不満が高い傾向にある(表5参照)。

表5 研究環境に対する研究者の現状満足度

表5 研究環境に対する研究者の現状満足度

2)研究支援体制に関する希望については、全体に研究支援者の増強を望む声が極めて大きく、具体的には、実験の補助者、秘書などの直属支援者のニーズが高い。社会全般、市場動向に関する情報提供、技術情報の検索、安全衛生に関する支援、特許出願、管理用資料の作成などは組織内の他の部署に、研究設備・機器の製作などは外部委託に依存したいと考えている(表6、7参照)。

表6 希望する研究支援者の数

表6 希望する研究支援者の数

3)研究支援業務に関する望ましい方向については、専門性の高いものは研究者自ら行うか、組織内の他部署、外部委託に依存することが、一方、専門性の低いものは時間的効率・利便性などの観点で直属支援者に依存することが望ましいと考えている傾向がある(表7参照)。

表7 研究支援業務に関する望ましい方向

表7 研究支援業務に関する望ましい方向

(4)日本と米国の研究支援体制に関する比較

 米国の研究機関および米国の研究者のデータについては、サンプル数が少なく、研究機関の研究分野に偏りが見られるので、その比較・考察については注意が必要であるが、本調査で得られたデータの範囲で次のような傾向が見受けられた。
 1)研究者としての意識は、日本人研究者と米国の研究者との間で多くの点で違いが見出される。例えば、日本人研究者と比べて、日本在住の外国人研究者、米国在住の研究者は「社会的栄達のために働く」と考える人が多く、研究者になるためには「補助者・テクニシャンの経験」が役に立つと考える傾向がある。また、「チームワークが良くなければ優れた成果は出ない」と考え、さらに「優れた補助者・テクニシャン」が必要だとする傾向が強い。
 2)研究環境に関する満足度は、米国在住の研究者、日本在住の外国人研究者ともに日本人研究者より高い。特に、研究成果に対する評価、収入・処遇、事務スタッフによる雑務の補佐、予算管理・事務処理に関して満足度が高い傾向が見られる(表5参照)。
 3)研究支援業務を研究者自らが行っている割合は、全体的に米国在住の研究者は少なく、米国在住の研究者は直属支援者に多くを依頼しており、その依存度は日本人研究者よりも大きい傾向が見られた。
 4)調査の範囲では、研究支援者比率についても、我が国の研究機関は米国に比較して低いと推定される。我が国国内の比較では、正規雇用に限れば、国公立研究機関及び大学の研究支援者比率は、民間企業、特殊法人等その他の研究機関よりも少ない。これらは、いずれも本調査の米国研究機関における研究支援者比率よりも小さい。

4.結論

 本調査により、我が国の研究者は、技術的な研究支援、事務管理部門の協力など研究支援体制の現状に不満を感じていることが具体的に明らかになった。これは国公立研究機関ならびに大学において特に顕著であり、アルバイトなどの臨時雇用、学生の活用などの方法で支援者の不足を補っているのが実状で、その質にも問題があると考えられる。
 これらの背景には、国の制度との関係があり、具体的には、国の予算ならびに人事制度に柔軟性がないことが原因の一つと考えられている。
 さらに、米国との対比においては、我が国の研究支援体制の整備が遅れている社会的背景要因として職業慣行、研究者の意識の違いがあると推察される。すなわち、
 1)米国では、研究が専門家の分業による共同作業との意識が相対的に強く、研究者が研究支援者の必要性を感じる度合いが高いのではないかと考えられる。
 2)米国には技術者、テクニシャンの職業的地位が確立しており、採用ならびに処遇上の問題が相対的に少ないのではないかと考えられる。
 3)米国では、我が国に比べて一般に雇用が流動的で、必要な時だけ必要な人材を集め易い環境にあるのではないかと考えられる。
 4)ポスドクが一部で高度で知的な研究支援的業務もこなしながら、研究を支える大きな戦力となっていると考えられる。

 国公立研究機関、大学、民間企業の80%以上が今後、研究支援体制強化を行いたい意向を持っており、本調査の結果を踏まえれば、研究支援体制の充実・強化の方向として以下の項目が考えられる。

A.直属支援者の量と質の向上

 研究者の研究支援に対する不満および要望は、直属支援者に関するものが大きな比重を占めている。調査結果によれば、国公立研究機関、大学では、直属支援者として臨時雇用あるいは学生に多く依存し、正規雇用者は少ない。このため、直属支援者の知識・技能水準を一定以上に保つことが困難で、これが研究支援の質を低下させている原因の一つと考えられる。
 直属支援者の量および質の向上が求められるが、特に質を確保するための施策を行うことが必要と考えられる。

B.各研究機関内の専門的研究支援組織の戦略的構築

 国公立研究機関および大学において、直属支援者ではカバーできない専門性の高い研究支援業務、たとえば、各種の情報の収集、特許関連の業務などについては、各研究機関内に専門的な研究支援部署を設けることも望まれている。研究所内における専門的研究支援部署の在り方は、研究開発の分野、性格によって異なるため、一律に論じることは難しい。その在り方は、各研究機関の内部において、それぞれの目的に照らし、研究成果を高めるという観点から、戦略的に検討し方針を打ち出すべきものと考えられる。
 国の制度が深く係わる国公立研究機関、大学などに対しては、専門的研究支援部署の戦略的構築を可能にする環境整備が必要であると考えられる。

C.研究支援業務の柔軟な外部依存を可能にする環境の整備

 研究支援業務の内容は、研究開発の対象の変化、研究開発の進捗などによって、変化していく。したがって、各研究機関内部に常設的な研究支援組織を設け、専任の人材配置を行うことが適当でない場合も多いと考えられる。
 研究支援業務を専門に行う産業が充実し、これらを柔軟に活用できる環境を整えることが必要であろう。とくに、直属支援者に対するニーズに柔軟に対応できる人材派遣業の確立はその重要な課題と考えられる。

本件に関する問合わせ先:科学技術庁 科学技術政策局 計画・評価課
〒100‐8966 東京都千代田区霞が関2‐2‐1
電話 03‐3581‐5271 担当:宮田(内線317)

-- 登録:平成21年以前 --