「脳内における単眼像からの奥行き計算を解明」[第231号]

‐第231号‐
平成14年10月11日

 平成10年度から科学技術庁(現・文部科学省)の科学技術振興調整費で始まった「文脈主導型、認識・判断・行動機能実現のための研究」(研究代表者:埼玉大学工学部吉澤修治教授、研究期間:平成10~14年度)における研究の一環として、日本大学医学部・泰羅 雅登(たいら まさと)助教授と、共同研究者である筒井 健一郎 博士(前 日本学術振興会特別研究員・現 ケンブリッジ大学助手)らとの共同研究により得られた成果が2002年10月11日発行のScience誌に掲載される。

Title: Neural Correlates for Perception of 3D Surface Orientation from Texture Gradient
Author: Ken‐Ichiro Tsutsui、 Hideo Sakata、 Tomoka Naganuma、 Masato Taira

タイトル:テクスチャの勾配から3次元的な面の傾きを知覚するための神経機構
著者:筒井健一郎、酒田英夫、長沼朋佳、泰羅雅登

要旨

 世界がなぜ三次元的(立体的)に見えるか、これは一見簡単そうで実は大変難しい問題である。古くから目が左右2つあるのは物を立体的に見るためであると説明され、両目からの情報(両眼視差)で脳が奥行きを計算していることは、我々を含めた幾つかのグループの研究が明らかにしている。しかし、実際には片目を閉じても世界は三次元的に見える。それは、脳が単眼像から奥行きを計算しているからであり、絵画や写真が立体的に見えるのもこのためである。我々、日本大学医学部・泰羅雅登助教授、および、筒井健一郎博士(前 日本学術振興会特別研究員・現 ケンブリッジ大学助手)を中心とする研究グループは、単眼像からの奥行き計算が脳内においてどのよう行われているかを世界に先駆けて明らかにした。

概要

 世界がなぜ三次元的(立体的)に見えるか、これは一見簡単そうに見えて実は大変難しい問題で、脳科学の最重要課題の一つである。眼球の水晶体の背後にあって光センサーの働きをしている網膜は平面なので、我々が実際に得ている視覚情報は、世界の二次元投影像にすぎない。ところが、我々が知覚している世界は三次元である。これは、脳が、網膜上に投影された二次元像を元に、物体の立体的な構造や、物体と物体の位置関係を計算しているからである。この複雑な計算を実際に脳がどのように行っているかは、長い間不明であった。最近になって、我々を含めた日米欧の幾つかのグループが、ランダムドットステレオグラムなどを刺激に用いて、脳内には、両目が水平方向に少しずれた位置にあることから生じる網膜像のずれ(両眼視差)を検出する細胞があることを見つけ、脳が三角法を用いて奥行きを計算していることが明らかになった。しかし、これで問題が解決したわけではない。なぜなら、片目を閉じるとこの方法で奥行きを計算することはできなくなるが、それでも世界は三次元的に見えるからである。それは、脳が単眼像から、両眼視差以外の手がかりを使って奥行きを計算しているということである。二次元画像である絵画や写真に奥行きを感じるのもこのためである。
 我々の研究グループは、今回、単眼像からの奥行き計算が、脳内においてどのよう行われているかを世界に先駆けて明らかにした。

 我々は1950年代にアメリカのGibsonが発表した視覚心理学の理論に着目した。彼は、自然界の物体には、たいていその表面に一様な模様(テクスチャ)があり、このテクスチャのついた物体が奥行き方向に傾いていると、観察者から近い部分の模様は、密度が低く、大きく見え、逆に、観察者から遠い部分の模様は、密度が高く、小さく見えるので、このテクスチャの「勾配」によって、奥行きを計算することができると指摘した。我々は、以前に両眼視差を検出する細胞を見つけた頭頂連合野のCIP領域に、テクスチャの勾配を検出する細胞があるのではないかという仮説を立て、以下のような実験を行った。まず、サルに一定の時間間隔をおいて連続的に提示される二つのテクスチャ平面の傾きが同じか違うかをボタン押しで答えさせる課題を訓練した。この課題を遂行中に、頭頂連合野のCIP領域からニューロンの活動を記録したところ、多くの細胞がテクスチャ平面の傾きに選択的に反応し、テクスチャ勾配の検出を行っていることが分かった。また、これらの細胞は、テクスチャーパターンを変えても選択性は変わらなかったことから、単にテクスチャーパターンに反応しているのではないことがわかった。さらに、ランダムドットステレオグラムを使って同じ細胞を調べてみると、多くの細胞が、テクスチャ勾配と同時に両眼視差にも感受性をもっていることが分かった。
 この論文ではこれらの結果から、頭頂連合野のCIP領域で、テクスチャ勾配の情報が分析され、さらにもうひとつの重要な奥行き手がかりの情報である両眼視差の情報と統合されることによって、奥行き知覚が生じるということが明らかになった。
 さらにこの論文で我々は、サルも人間の知覚と同じように、単眼像から奥行きを知覚していることを行動学的に明らかにした。

 この研究は、3D立体テレビや工業用バーチャル・リアリティの評価方法への応用が、期待されるものである。

問い合わせ先
 【研究内容】平成14年度科学技術振興調整費
 「文脈主導型、認識・判断・行動機能実現のための研究」
 『頭頂連合野における三次元形態の知覚と認識の神経機構の研究』
 日本大学医学部第一生理学教室 助教授 泰羅雅登
 電話 03‐3972‐8111(ext.2231)
 【事務局】文部科学省研究振興局ライフサイエンス課 担当者 黒田雅弘
 電話 03‐5253‐4108

資料

テクスチャの勾配からわれわれは奥行きを知覚できる。

テクスチャの勾配からわれわれは奥行きを知覚できる。 画像

サルも人間と同様にテクスチャから奥行きがわかる。

サルも人間と同様にテクスチャから奥行きがわかる。 画像

お問合せ先

研究振興局ライフサイエンス課

(研究振興局ライフサイエンス課)

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