「高効率な小型・薄型AC‐DCコンバータを実現」‐ハイパワー圧電材料を高度に積層化することで30ワット出力圧電トランスを実現‐[第232号]

‐第232号‐
平成14年10月28日

 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)物質研究所(所長:渡辺 遵)の羽田 肇(電子セラミックスグループ・ディレクター)、早稲田大学の一ノ瀬昇(理工学部・教授)及び日本電気株式会社の井上武志(機能材料研究所・主任研究員)らのグループは、文部科学省科学技術振興調整費の研究課題「セラミックスインテグレーション技術による新機能材料創製に関する研究」(平成12年度~平成16年度、研究リーダー:羽田 肇)の一環として、ハイパワー圧電セラミックス材料を高度に積層化することで30ワット出力圧電トランスを開発し、高効率なAC‐DCコンバータ電源を実現した。
 これは、従来の電磁トランスに比べ電力密度が約5倍と大きく、小型・薄型化が図られているため、今後、携帯機器や電子機器などへの応用が期待される。

拝啓

 時下、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

 さて、文部科学省(旧科学技術庁)では平成12年から科学技術振興調整費総合研究で「セラミックスインテグレーション技術による新機能材料創製に関する研究」を実施してきておりますが、今般、別紙のような研究成果が得られましたのでお知らせいたします。

【研究成果】
 高効率な小型・薄型AC‐DCコンバータを実現
 ハイパワー圧電材料を高度に積層化することで30ワット出力圧電トランスを実現
【研究概要】
 プログラム:科学技術振興調整費 総合研究
 研究テーマ:「セラミックスインテグレーション技術による新機能材料創製に関する研究」
 研究期間:平成12~16年度
 研究代表者:羽田 肇(独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所)

 なお、別紙につきましては10月28日(月曜日)に文部科学省においてプレス発表を行っております。
 よろしくご査収下さい。

敬具

担当課:文部科学省
研究振興局基礎基盤研究課
材料開発推進室長
奈良 哲
電話:03‐5253‐4101
FAX:03‐5253‐4102

高効率な小型・薄型AC‐DCコンバータを実現 ‐ハイパワー圧電材料を高度に積層化することで30ワット出力圧電トランスを実現‐

平成14年10月28日
独立行政法人 物質・材料研究機構

1.概要

 独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄) 物質研究所(所長:渡辺 遵)の羽田 肇(電子セラミックスグループ・ディレクター)、早稲田大学の一ノ瀬昇(理工学部・教授)及び日本電気株式会社の井上武志(機能材料研究所・主任研究員)らのグループは、文部科学省科学技術振興調整費の研究課題「セラミックスインテグレーション1)技術による新機能材料創製に関する研究」(平成12年度~平成16年度、研究リーダー:羽田 肇)の一環として、ハイパワー圧電セラミックス2)材料を高度に積層化することで30ワット出力圧電トランス3)(図1参照)を開発し、高効率なAC‐DCコンバータ4)電源を実現した。これは、従来の電磁トランスに比べ電力密度が約5倍と大きく、小型・薄型化が図られているため、今後、携帯機器や電子機器などへの応用が期待される。

2.研究背景と目的

 ノートパソコンなど携帯機器の薄型化が進展する中で、AC‐DCコンバータにも小型・薄型化が要求されている。現状のAC‐DCコンバータにおいては、数種の大型部品が用いられており薄型化を妨げているが、その中で最も占有体積が大きく、高さも高いのが電磁式トランス(変圧器)である(図2参照)。この電磁式トランスを薄型の圧電トランスに置き換えることで電源全体の薄型化が可能になり、将来における携帯機器への組込みにも道を拓くことになる。また、AC‐DCコンバータの小型・薄型化を図る場合、高密度な実装形態になるため、信頼性の面などから回路としての発熱が少ないことが不可欠であり、回路の高効率化が必須である。
 圧電トランスは、従来使われている電磁トランスに比べて、不燃性で電磁ノイズが出ないという特徴があるため(図3参照)、これまでカラー液晶バックライト点灯用などの高電圧発生用に用いられているが、その出力はせいぜい5ワットである。一方、AC‐DCコンバータ用のトランスは、出力として数10ワット以上が要求され、降圧型トランスであることが必要である。当グループでは、圧電トランスの形状が正方形板状であり、圧電横効果の一つである輪郭拡がり振動モード(図4参照)5)を利用した積層型圧電トランスに着目し、電極と圧電体や絶縁層などとの界面のバッファーレイヤー6)を工夫することで高効率な電力伝送を目標として研究を進めてきた。

3.今回の研究成果

 研究を進めてきた結果、ハイパワー圧電セラミックスを高度に積層化することに成功し、小型・薄型で低損失な圧電トランスを実現した。寸法が14ミリメートル×(かける)14ミリメートル×(かける)6ミリメートルの正方形板状圧電トランス(図1参照)では、30ワットの出力電力時で変換効率96%以上、発熱22℃以下を実現した(図5参照)。これは従来の電磁トランスに比べ電力密度が25.3ワット/(わる)ccと約5倍大きい。
 実現した圧電トランスは量産性に優れた積層セラミック技術7)を用いて作製されている。厚み方向の中央には出力部が有り、上下側には入力部が分割配置されている(図6参照)。内部電極間は側面に形成された端子電極により接続されている。バッファーレイヤーを最適に設計することにより、圧電セラミックスと内部電極層、さらには、入力部‐出力部間が強固に積層一体化されハイパワー駆動を実現している。
 今回、圧電トランスのハイパワー化を実現した主なポイントは、1従来のハイパワー圧電セラミック材料に比べ約2倍の振動速度(電力密度)を実現する三成分系圧電セラミック材料(マンガンアンチモン酸鉛‐ジルコンチタン酸鉛)を新たに開発したこと、2圧電セラミック材料に合わせた電極材料(銀パラジウム合金)の開発と、トランス構造の最適化による電極界面での応力低減により、ハイパワー駆動に耐える強固な結合を実現したこと、3圧電横効果の一つである電気機械結合係数の大きな正方形板状の輪郭拡がり振動モードを採用したこと、の3点である。
 また、変換効率90%以上のAC‐DCコンバータを実現したポイントとして、1圧電トランスに電力を供給する入力側に、ハーフブリッジ型スイッチング回路を採用し、圧電トランスに直列にインダクタを接続することで、ZVS(ゼロボルトスイッチング)8)という高効率な駆動を達成したこと、2圧電トランスからの出力側に、MOSFET(半導体デバイスの一種)を使った同期整流回路を用いることで大幅な効率アップを達成したこと、が挙げられる。
 この結果、本圧電トランスを搭載したAC‐DCコンバータは、交流入力80ボルト~120ボルトにおいて87%以上の効率を有し、通常の電圧であるAC100ボルト入力の場合には、世界最高レベルの効率である90.2%を達成した(出力は13ボルト一定)。AC‐DCコンバータの制御方式は、圧電トランス固有の共振‐反共振特性を活かした周波数制御方式を採用し、共振周波数と反共振周波数の中間点で動作するようにしている。さらに、形状の大きい電磁トランスに替えて小型でかつ低背の圧電トランスを用いたことにより、今回のAC‐DCコンバータは厚さ12ミリメートル以下と極めて薄型の形状を実現した(図7、8参照)。

4.成果の波及効果

 圧電トランスの原理はジルコンチタン酸鉛系の圧電セラミック材料が開発された当時から提案されているが、これまでは液晶バックライト用の冷陰極管の高昇圧電源やオゾン発生用の高圧電源など、低出力(5ワット以下)用途に限られていた。今回、新たに開発されたセラミックスインテグレーション技術により、出力30ワットで極めて低損失な小型・薄型圧電トランスを世界で初めて開発することに成功した。今後、携帯機器や電子機器など小型化と低ノイズ、低消費電力が求められる用途への応用展開が期待される。

用語説明

1)セラミックスインテグレーション

 近年、機能性セラミックスは急速な用途拡大が実現された結果、さらに高度な技術が求められており、モノリシックな材料ではこの要請に応えられなくなっている。このような中で、セラミックスインテグレーションは各種機能材料の統合化、複合化による多機能実現を目指す新しい材料・設計技術である。

2)圧電セラミックス

 大きな誘電分極を有する強誘電性物質は、圧電性を示し、電気‐機械エネルギー変換機能を有する。実用的な圧電材料としては、水晶やペロブスカイト構造の複合酸化物が知られている。その中で、最も大きな圧電性を示すのが、通常、PZTと呼ばれるジルコンチタン酸鉛系の圧電セラミックスである。PZTは当初、米国で開発されたが、圧電特性や温度特性の改善のため第3成分を加えた三成分系材料が日本で開発され、今日までフィルタ、レゾネータ、センサ、アクチュエータなど各種用途に広く適用されている。

3)圧電トランス

 一次側に電気エネルギー(交流)を入力した時に、圧電トランス全体が振動し、機械振動エネルギーに変換される(圧電逆効果)。この機械振動エネルギーが圧電正効果により電気エネルギーに再変換され、二次側から電気エネルギーとして出力される。圧電セラミックスは優れた絶縁性を有しており、一次側と二次側の間は高い絶縁性が確保される。(図9参照)

4)AC‐DCコンバータ

 一次側の交流(50/60ヘルツ)を電子機器に必要な直流(二次側)に変換するデバイスをコンバータという。コンバータは交流(例えば実効値100ボルト)を一度、整流回路を通して直流にし、高周波でスイッチングし、次にトランスで降圧する。トランスからの高周波電圧は、整流回路を通して必要な直流電圧に変換される。一次側の高電圧(100ボルト)から二次側の機器を保護するため、AC‐DCコンバータ用トランスには、一次側‐二次側間に高い絶縁性が求められる。

5)輪郭拡がり振動モード

 正方形状の板状試料が正方形状を保ったまま拡大‐収縮して振動するモードであり、分極方向に対して垂直方向の振動を用いる圧電横効果の中ではもっとも高い電気‐機械結合係数(約50%)を有している。

6)バッファーレイヤー

 複合機能をデバイスとして高度に実現するためにキーとなる緩衝的役割を果たす領域。実現方法としては、組成の傾斜化やアンカー構造をはじめとした様々な構造的工夫による方法がある。これらにより、異種材料間の反応、物質移動の抑制、機械的応力や振動の制御、また信号の伝播や遮蔽の最適化など単一の材料では不可能な多様な機能を実現することができる。

7)積層セラミック技術(グリーンシート積層法)

 機能性セラミックスの内部に電極層を形成するのに用いられる技術。セラミックコンデンサや多層セラミックス基板などの製造に用いられている。焼成前のセラミックス粉末を有機バインダや溶媒と混合し、薄いシート状(グリーンシート)に成形する。この表面に印刷法などにより内部電極材料として銀、パラジウム、ニッケルなどを形成する。作製したシートを所定の形状に切り抜いたものを積層し、加圧成形した後、有機バインダを分解除去してから焼成することにより、電極層とセラミックスを一体化して焼結させる技術。圧電セラミックスとしては積層圧電アクチュエータの製造法にも適用されている。

8)ZVS(ゼロボルトスイッチング)

 半導体スイッチのターン・オフ時に発生するスイッチング損失を低減するために、電圧がゼロの状態でスイッチの切り替えを行う動作をZVSという。

(問い合わせ先)
 独立行政法人物質・材料研究機構
 広報・支援室(〒305‐0047 茨城県つくば市千現1‐2‐1)
 電話:0298‐59‐2026 FAX:0298‐59‐2017

(研究内容に関すること)
 独立行政法人物質・材料研究機構 物質研究所
 電子セラミックスグループ・ディレクター 羽田 肇
 電話:0298‐58‐5643 FAX:0298‐55‐1196 E‐Mail:HANEDA.Hajime@nims.go.jp

図1 輪郭拡がりモード圧電トランスの写真

図1 輪郭拡がりモード圧電トランスの写真 その1

図1 輪郭拡がりモード圧電トランスの写真 その2

  • 輪郭拡がりモード圧電トランス、およびそのケーシング。圧電トランスの形状は縦、横ともに14ミリメートル、厚さ6ミリメートルと、同等出力の電磁トランスに対して、体積比で約20%(1/5)の小型化が図られている。

図2 現在のACアダプタ(電磁トランス搭載)と薄型の圧電トランスコンバータ(実装例)

図2 現在のACアダプタ(電磁トランス搭載)と薄型の圧電トランスコンバータ(実装例)

  • 上段は現状のノートPC用30ワット級ACアダプタ。厚さ16ミリメートルの電磁トランスなどが搭載。
  • 下段は厚さ6ミリメートルの圧電トランスを搭載した薄型電源モジュール(DC‐DCコンバータ)の実装例。圧電トランス部は従来に較べて体積1/5、厚さ1/3に小型化。

図3 圧電トランスと電磁トランスとの比較

項目 圧電トランス 電磁トランス
素子形状

電力密度

電磁放射ノイズ

出力波形


可燃性の有無
小型、薄型

25ワット毎cc

発生なし

正弦波


不燃性
大きい

5ワット毎cc

あり

歪み波
(高調波成分によるノイズ発生)

難燃性

図4 輪郭拡がりモード圧電トランスの動作

図4 輪郭拡がりモード圧電トランスの動作

(輪郭拡がり振動モード)

  • 輪郭拡がり振動モードは正方形状の板状試料が正方形状を保ったまま拡大‐収縮して振動するモードであり、分極方向に対して垂直方向の振動を用いる圧電横効果の中ではもっとも高い電気‐機械結合係数(約50%)を有している。共振周波数は音速など材料の弾性定数が一定の場合、形状寸法に反比例するが、今回の形状14×(かける)14×(かける)6ミリメートルでは約140キロヘルツである。圧電トランスは共振周波数の近辺で駆動され、また、エネルギー密度は概ね駆動周波数に比例する。従って、実用的な圧電トランスの出力値(エネルギー密度×(かける)体積)は通常、ある形状で最高値を示すと考えられている。振動の方向は電極層に対して平行なので、電極界面にかかる引張り応力は次項の長さ縦モード素子と較べて小さい。

(長さ縦振動モード)

  • 一方、長さ縦振動モードは棒状振動子の長さ方向の振動を用いるもので、圧電縦効果を用いるため横効果と較べて高い電気機械結合係数(約60%以上)を有している。しかしながら、1振動の方向と分極方向が同じであるため電極層に垂直に大きな応力がかかり、必要な素子強度を確保することが困難である 2 長さ方向に電極層を積層するために積層数が膨大となり製造コストが極めて高くなる というような問題があり実用化されていない。

図5 圧電トランスの出力特性(30ワット出力)

図5 圧電トランスの出力特性(30ワット出力)

  • 本圧電トランスの共振周波数は130キロヘルツ付近にあるが、この部分では電力損失が大きい(発熱による温度上昇が存在)。実際のAC‐DCコンバータの周波数制御は139キロヘルツ以上と損失の小さい周波数領域で行っており、温度上昇は22℃程度と低いレベルである。

図6 輪郭拡がりモード圧電トランスの構造および端子接続

図6 輪郭拡がりモード圧電トランスの構造および端子接続

  • 輪郭拡がりモード圧電トランスは、グリーンシート積層法により作製されており、バッファーレイヤーを工夫することにより、圧電セラミックスと内部電極層が強固に積層一体化されている。厚み方向の中央には出力部が配置され、上下側には入力部が分割配置されている。内部電極間は側面に形成された端子電極により相互に接続されている。また、入出力部の間や表面部、底部は未分極状態であり絶縁層となっている。

図7 圧電トランスを用いたAC‐DCコンバータの写真

図7 圧電トランスを用いたAC‐DCコンバータの写真

図8 圧電トランスを用いたAC‐DCコンバータの回路図

図8 圧電トランスを用いたAC‐DCコンバータの回路図

  • 上記回路図で、S1、S2はハーフブリッジスイッチング回路のMOSFETである。ここでスイッチングされた電圧波形は矩形波であるが、圧電トランスに直列に接続されたインダクタLsと圧電トランスの一次側の並列容量Cd1を共振させることにより、圧電トランスには常に正弦波が入力される構成となっている。出力側整流回路は、ダイオードの代わりにMOSFETを用いた低損失な同期整流回路となっている。

図9 圧電トランスと電磁トランスにおける構造の比較

図9 圧電トランスと電磁トランスにおける構造の比較 その1


図9 圧電トランスと電磁トランスにおける構造の比較 その2 

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研究振興局基礎基盤研究課

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